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不倫の終わりとロゼワイン


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記事:toko(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
「旦那も娘も置いて、あの人を忘れるためにフランスまで来たのよ」
彼女のその一言が、私の「夫婦」という人間関係のイメージを変えるきっかけになったのだと思う。人並みに仲の良い両親の下で育った私にとって、それまで夫婦とはいついかなる時もお互い以外のパートナーを持つことの無い、絶対的な「つがい」だった。
 
その頃私は大学四年生で、就職先も無事に決まった夏休み、3週間のフランス一人旅に出かけていた。
パリから始まり、反時計回りにぐるりとフランスを旅する贅沢な卒業旅行。
日本を発って丁度一週間ほど経ったその日、私はポワティエという小さな町にいた。大学で受けた、フランスの教会から建築様式を学ぶ講義で知った、その町のノートルダム大聖堂をどうしても見たくて一泊だけ滞在することにした町だった。
 
その日はフランスの祝日で、教会ではミサに同席することができた。
その他に博物館や他の教会なども巡り、夕方、その夜の滞在場所となるホステルへ向かった。
祝日はレストランも早仕舞いすることが多いため、ホステルで適当に夕飯を済ませようと思っていたところ、偶然滞在していた日本人女性に出会った。
 
フランスではどの町に行っても日本人は珍しくないものの、彼女には注意を惹かれた。
というのも、彼女は珍しく女性一人切りで、また20代前半の旅人が多いユースホステルでは見かけない年代の女性だったのだ。
 
声をかけたところ、康子さんという名前の彼女は思った通り一人旅の途中だと言う。
そこで私たちは同じ国を母国に持つ者同士、久しぶりに日本語で夕飯を楽しもうということになった。
ユースホステルにはレストランが無いので、お互いが持っている食料をシェアすることにする。揃ったのは、ブリ―チーズ、パン、オレンジ、柿の種、お吸い物にロゼワインだった。
異色の取り合わせも、異国で同じ日本人に出会った高揚の前では気にならない。
私たちはロゼワインで乾杯した。
 
彼女は、鹿児島から来た35歳の女性だった。
旦那さんと幼い娘がいるが、今回は2週間ほどの一人旅に出ているという。
 
まだ大学も出ていない小娘だった私にとって、小さい子供がいる女性が外国に一人旅するというのは随分と思い切った行動に思えた。
が、彼女は更に驚くような話を続ける。
 
「子供が生まれて、しばらくの間は付きっ切りで育ててきたけれど、保育園に入ったらぽんっと自分の時間ができたのよね。何か、自分のためにその時間を使いたくて。近所にフランス語を教える個人教室があったから、そこに通っていたの」
 
「教室に通ううち、その先生と深い仲になって。10歳以上も歳上の人だったけど、その分余裕があるように見えて、まだ私も恋愛ができるんだって舞い上がっちゃったの。旦那も、薄々気づいていたと思う」
 
不倫というものがこの世に存在することは知っていたけれど、まだ自分の身近には現れたことのない話題だった。
そんな大きな秘密を、こんな見ず知らずの小娘に話してしまってよいのだろうか……。
彼女の話を聞きながら、戸惑う気持ちと続きが気になるミーハーな気持ちが入り混じる。
 
「でも、やっぱり娘を置いて、旦那と別れて彼と一緒になろうとは思いきれなくて。関係を終わりにしたの。でも最後に、自分の気持ちにけじめをつけるためにも、彼から沢山話を聞いたフランスをこの目で一度見てみたくて、今回一人でここまで来たのよ」
 
娘さんのことを愛しているのは伝わるけれど、旦那さんは?
旦那さんのことも好きになって結婚したのではないの? もう愛はないの?
そんな、薄っぺらい正論で質問してみたところ、彼女の答えはこうだった。
 
「結婚してよかったことは、結婚しないの? と聞かれなくなったこと。子供を産んでよかったことは、子供産まないの? と聞かれなくなったこと」
 
その時の私は、ただ単純に、名言だ! と感じただけだった。
 
でも、あれから8年が経ち、私自身30歳になった今、彼女はいったいどのような気持ちでその言葉を口にしたのだろうと思う。
俗に言う「適齢期」に差し掛かると、必ず聞かれるこの二つの質問。
結婚しなくたって、子供を産まなくたって、誰にも迷惑かけないはずなのに、まるで何か悪いことをしているかのように、いつまでも尋ね続けられる質問。
 
鹿児島という土地で、彼女は何回この質問をぶつけられたのだろう。
結婚し、子供をもったことで、もうこの不躾な質問に答えなくて良いのだ、という安堵の気持ちがどれほど大きかったことか。
 
旦那さんや娘さんへの愛ももちろんあっただろう。しかしそれよりも先に、結婚せず子供も持たないことに対する、植え付けられた「うしろめたさ」を、感じなくて良くなった解放感こそが、康子さんにとって結婚し、子供を持つことの喜びだったのかもしれない。
 
そして、フランス語の先生との関係は、そういった他人の目を気にしなくてもよい、本当に自分の気持ちのままにぶつけられる感情の行先だったのだろう。
 
当時、まだ碌に恋愛もしたことのなかった私にとって、康子さんの言動はただただ「かっこいい」ものだった。
随分と彼女の歳に近づいた今、改めて彼女の葛藤に胸が痛む。
 
それでも彼女は、ロゼワインが空く頃になると、「娘は今頃どうしているかな」とつぶやいた。
 
康子さんは、フランスから帰って自分の自由な気持ちにけじめをつけることができたのだろうか。
私自身、その不躾な質問をぶつけられるようになった今、少しでも彼女が自分の思いのままに日々を過ごせていることを、遠く東京から願っている。
 
 
 
 
***

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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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