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家族愛について

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記事:大森瑞希(リーディング倶楽部)
 
 
読み終わった後、「あれ、おかしい」と思った。
全く泣けない。
本を閉じて、帯にかかれたキャッチコピーを読んでみる。
「感涙の家族小説」
「ラストまで読まないと、この面白さは分かりません!」
「感動で目の中が大洪水です!!」
洪水どころか、私の眼球は風吹く草原のように涼しく乾いている。
私は、自分自身の感受性は豊かな方だと思っていた。
感動ものの本や映画では必ずと言っていいほど、泣いてしまう。
ひとたび登場人物に感情移入すると、中々抜け出せず、話が終わった後も物語の余韻に浸っていることが多い。
だから書店に行って、この帯を見た時は胸が高鳴った。
最近は仕事も忙しく、まともに本も読めていない。
久しぶりに本を読んで心から泣きたい、と思った。
ただでさえ感動屋な私に、心が疲れた状況が重なれば、きっとこのコピーと同じ様に胸を震わすことが出来る自信があった。
なのに、なぜ何も感じないのだろう。
私の感受性がおかしいのか。
心が動かないほどに、私が疲れ切っているのか。
みんなが素晴らしいと思うものを自分だけが感じられないと、ほんの少し不安な気持ちになる。
心のどこかがもやもやとした気持ちになりながら本を棚に仕舞い、しばらくするとそれきり忘れてしまった。
 
しかしである。
日常の何気ないふとした時に、突如、心の中一面に海が広がることがあった。
宮古島のエメラルドグリーンの海。
自分は何を思い出しているのだろうと思うと、あの本のことである。
宮古の海を目の前に、スケッチボードに鮮やかに描く少女・海香と、不器用で愛情深い父・勇吾の姿がはっきりと胸に浮かぶ。
穏やかに寄せては返す波のように、私の心の中に何かがじんわりと迫っては引いていく。
波は押しつけがましくなく、あくまで謙虚に私に近づいてくるのに、波が引いた後の痕跡はしっかりと残っていて、砂浜で明らかにそこだけ色が違った。
海香が父を思う心と、勇吾が娘を見守る眼差しを、日常の節々に思い出す。
私は明らかに感動していた。
涙が出ない代わりに、心の中で響く波の音がどんどん大きくなり、何かとんでもなく温かいものに包まれているようだ。
恥ずかしながら、読んでから数日たった今、私はようやくその本の全てを理解できたような気がしたのだ。
 
『お父さんはユーチューバー』(浜口倫太郎著/双葉者)は宮古島を舞台に、民宿を営む父・勇吾と、東京の美術大学を目指す娘・海香が織りなす家族小説である。
人柄の良さ故、島民から好かれながらも、呑気でちょっとおバカな勇吾は、ある日突然ユーチューバーになると啖呵を切る。
今まで勇吾は何も長続きしたこと無い為、海香は、その決断を真に受けないが、今度は様子が違う。
有名になることへの異常な執着から、毎日狂ったように動画を撮り続ける父。
視聴回数が十分に上がり、人気ユーチューバ―になっても、まだ足りないと言い、動画の内容は危険さと過激さを増していく。
ユーチューバーを辞めて欲しいと思う娘と、強行する父との間に出来ていく溝。
なぜそこまでして有名になりたいのか。
家が燃え、ネット上で炎上をし、世間から批判を浴びてもユーチューバ―を続ける勇吾の狂的な欲望はどこから来るのか。
物語の後半に明らかになる勇吾の真意は、海香の思いもよらないものだった。
勇吾の過去、海香の出生の秘密が明かされ、ストーリーは瞬く間に急展開していく。
読みながら、父親の不信な言動がどこに行きつくのだろうと思っていたが、予期せぬ親子の愛の物語に昇華していく様子が美しかった。
 
父は娘の為なら、何でも出来る。
かっこ悪いと言われようと、日本中から叩かれようとも、娘の幸せを思えばどんなことでも耐えられる。
私はまだ、親ではない。
結婚もしていない。
だから、親がどんな風に子供を思うかは正直分からない。
けれど、自分の親を見ていると、彼らが私を育てる為に色々な犠牲を払ってきてくれたように思う。
自分たちの人生を後回しにして、しっかりと愛情を注いでくれた。
時には私を守るために、矢面に立ってくれたこともあった。
勇吾や海香と同じ様に、私たち親子にも衝突は何度もあったし、酷い時は父母のようになりたくない、と思ったこともあった。
今思えば、大変的外れであった。
 
自身の夢を捨て、人生の全てをかけて海香を愛した勇吾は、「自分は世界一幸せ者だ」と言った。
しかし、人間を育てるのは大変なこと。
だから私は、自分の父母に対して、私を生んだことを後悔していないだろうか、と思うことがあった。
「『子供がいなければ、もっと違う人生があったなぁ』と思ったことはない?」と尋ねると
母は、「それはないねぇ」といつものんびり言ってくれた。
私にも、勇吾や母と同じ様にそんな風に思う日が来るのだろうか。
 
本書のタイトルの軽さに騙されると、最後は嬉しい裏切りに会う。
言葉や描写が柔らかいタッチなので読みやすく、するりと心の中を抜けていく感じがするが、油断をしていると後日、宮古の波が迫ってくる。
夏休み、久しぶりに実家に帰り、父母に「ありがとう」と伝えたい。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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