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「嫌な気持ちにさせてごめん」は魔法の言葉?

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:朝木亜佐(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
以前の勤め先に、恐妻家を自称する先輩がいた。奥さんはどちらかというと怒りの沸点が低い方らしい。先輩が一人でスーパーに行って「いつもの定番」でない品を買って帰ると、雷が落ちる。先輩には奥さんの怒りのポイントが、実はよくわからないそうだ。なのでいつ地雷を踏んでもいいように、決めていることがあるという。
 
「嫌な気持ちにさせてごめん」奥さんを怒らせてしまったら、何も考えず自動的にこのセリフを言うことにしているのだと教えてくれた。その場を丸く収める魔法のセリフなんだよ、と。なるほど合理的な先輩らしいと私は思ったものだ。
 
本当は夫婦仲がよく、たぶん脚色していたのだろうが、奥さん側の言い分を聞く機会は巡ってこなかった。
 
のちに、謝罪にまつわる人間心理を専門家が綴った本を読んだとき、「嫌な気持ちにさせてごめん」という言葉は謝罪ではない、とあって、とても驚いた。
 
え、どういうこと? 仲直りするときの定番セリフかと思っていたけど?!
 
本心では悪いと思っていない人の言葉だというのだ。相手にとっては「自分を傷つけた行為」こそが、謝ってほしいポイント。それを「あなたが傷ついたことは申し訳ない」と論点をずらし、自身の行為については謝罪をしていないと手厳しい。
 
例の先輩の「魔法のセリフ説」とは異なっている。何だか言いがかりのように聞こえなくもないが、そういうものだろうかと半信半疑ながら、深く印象に残った。
 
夫と衝突するとき、私はたいてい感情が高ぶって言葉がすぐに出てこない。ようやく絞り出したセリフは、筋道の通ったものからはほど遠い。夫はすかさず理路整然と反論を並べ立て、私はぐうの音も出ない……。これがよくあるパターンだ。どうせ何を言ったってやり込められるのだからと、私はますます口を閉ざすようになる。
 
「なんでこの数字になるわけ? 内訳は? どうして人に見せる前にちゃんと情報を揃えないんだ?」夫が声を荒げて畳みかけてくる。私はそれを不当に感じて、胃のあたりがギュッと縮こまった。
 
休暇のために長期で借りるレンタカーの料金を調べていた。保険込みなのか別なのか、他にも各社で提示する条件が違い、単純に比較できない。保険の種類も複数あり、電話口で店の人に言われるまま走り書きした私のメモでは、何がどこまで含まれるのか意味不明、こんなの使い物にならないと夫は言いたいのだ。
 
何もそんなにイライラしなくても……と思いながら、私は黙ってそれまでの作業に戻ろうとする。けれども先ほど縮こまった胃のあたりから、何か煮え立つような塊がじわじわと突き上がってきて、大声で叫びそうになった。マズい。私は急いで立ち上がり、夫を残して寝室へ行くと、枕をつかんで思いっ切りベッドに叩きつけた。数回では気が収まらず、勢いに任せて叩き続けていると、
 
「どうした?」様子を見に来た夫が、困惑した表情で部屋の入口に立っている。
 
「ムカつく! お前は何をやらせてもダメだって! あなたのそういう態度が!」
 
「……怒らせてごめん。でも数字の意味がわかんなかったんだよ」
 
「だとしても、あんな言い方しなくてもいいじゃない!」
 
私は夫を押しのけて風呂場へ行き、シャワーを勢いよく流し始めた。ブラシを手にして、ありったけの力で床をこする。10分ほどゴシゴシやったころ、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
 
風呂場から出て、私を待ち受けていた夫に「キレてごめん」と素直に謝る。すると、それでことは済んだとでもいうように、夫は落ち着いた声で「レンタカーの件だけど……」と中断していた話を再開する。私の怒りの原因には触れないまま。
 
あれ? 何かおかしくない? と思いながら、またしても私は違和感を飲み込む。怒るのもエネルギーがいるのだ。
 
モヤモヤとしたまま夜になった。そして、ハタと違和感の正体に思い当たった。夫は自分の行為を私に謝っていない。「怒らせてごめん」は単なる誤魔化しだ。だから私はまだ納得できていないのだ。
 
話を蒸し返すのは気が進まなかったが、思い切って夫に問いかけた。
「昼間の件、私に謝ってないよね?」
案の定、イラ立って私を責め立てたことを「謝るべきとは思わなかった」と夫。やはりそうか!
 
「嫌な気持ちにさせてごめん」という言葉は謝罪ではない。
本の記述を思い出した。なるほど、その通りだ。読んだときはピンと来なかったが、いまならわかる。言葉の上では、謝罪のセリフにも聞こえる。でも、怒りの原因となった行為について謝っているわけではないのだ。だから受け手は、心から謝罪されていないと感じる。
 
「最後まで黙って聞いて」と夫を牽制してから、私は感じていたことを率直に伝えた。反撃を恐れて飲み込んできた言葉を。静かに淡々と。
 
しばらくして、夫がポツリと言った。
 
「あんな態度をとって悪かった」
 
ああ、その一言でなんと心が軽くなったことか。
 
小手先では伝わらない、気持ちと一致した「言葉」。本気で相手と向き合わないと出てこないし、引き出せない。そう、これさえあれば上手くいく「魔法」なんて都合のいいものは、存在しないのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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