放校
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記事:カズ(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
「退学」をすれば「中退」という肩書が得られる。
しかし、「中退」の肩書すら得られない状況がある。
「放校」である。
所定の単位を取り切れないまま所定の年数経過してしまった場合には、「放校」、すなわち、入学した扱いにすらならないのだ。
放校される所定の年数は一般的には8年。ただし僕が入学した東大の場合は、4年のカリキュラムが前期と後期に分かれており、前期(通常2年)が最大4年、後期(通常2年)も最大4年という設定だった。
僕はうっかり前期を2年でストレートに通過してしまったので、大学3年になった時点で、最大2年、留年できるという状況だった。
その頃僕は絶賛モラトリアム中だったので、大学3年から学生劇団にハマった。スタッフをやり、役者をやり、脚本を書いて、演出もやった。劇団の女優を好きになってゴタゴタしたりもした。あっという間に、2回目の留年をし、卒業の年を迎えていた。
授業の単位の計算はちゃんとやっていた。
できる限りの時間を劇団の活動に突っ込みたかったから、必要な単位ギリギリを狙った。
6年目後半の最後のゼミ、そのゼミのレポートを提出すれば、必要最低限の単位数が余分なくピッタリ揃うという状況まで持っていった。
2月頭、最後のゼミのレポートを角2サイズの封筒に入れ、『学生の手引』に記載されていた教授の住所に郵送した。これにて大学で課されたすべてをやり終えたことになる。開放感につつまれて、僕は卒業までの最後の青春をのんびり謳歌していた。
そして忘れもしない2月14日。
母親から電話がかかってきた。
「あんた、バレンタインのチョコレート送ったけど届いた?」
チョコレートは届いていなかった。
アパートの一階まで降りて、うちの部屋番号が書かれた郵便受けを開けてみた。
やはり何も入っていなかった。
階段を上がって部屋に戻る。
その時、もう一つの郵便受けが目に入った。
部屋の入り口の扉と一体型になっているやつ。
外側から入れ、内側からガチャッと開けて取る形の郵便受けだ。
普段ここを使うことはない。
ていうか、開けたこともない。
「もしや」
僕は、初めてその郵便受けを開けてみた。
中に入っていたのは2つ。
チョコレートの箱、そして、教授宛に送った封筒が「住所不明」で戻ってきていた。
僕は青ざめた。
これが届いていいないと、単位が足りない。
それが何を意味するか。
東大卒業、だったはずが、東大中退、にもならず、「放校」、つまりは高卒しかつかなくなる。
6年の努力、いや、受験勉強を含めると10年近くが一瞬で消える……。
まずは教授と連絡を取らなければならない。
家の本棚から『学生の手引』を今一度確かめた。
これは毎年発行されており、最新のものを入念に確認した。
確かに、新しい住所は、僕が送った住所とは違っていた。
僕が見たのは古い『学生の手引』だったか。
電話番号を見つけた。
なんて説明しよう、ということを考える前に、とにかくダイヤルした。
出ない。
持っていこう。
最寄り駅は京王線の某駅。
うちから1時間もかからないだろう。
家を飛び出た。
飛び出る前に、呪いを込めて、例の郵便受けにガムテープで大きなバツを作り使えなくした。
電車の中では、過ごした大学生活が走馬灯のように頭の中を巡っていた。
ほどなく、教授の新しい家の最寄り駅に着いていた。
家は比較的簡単に見つかった。
呼び鈴を押す。
やはり出ない。
家の前にポストがあった。
僕はその場で、持っていたノートを一枚破り、教授に手紙を書いた。
期限までにレポートを郵送したこと。
住所不明で戻ってきたのを、今日、発見したこと。
この単位が取れないと卒業ができなくなってしまうこと。
もうこれ以上留年ができず、放校になってしまうこと。
必死さが伝わるであろうなぐり書き。
そして、「住所不明」の札がついたままの郵便物と、なぐり書きの手紙を一緒に、そのポストに突っ込んだ。
教授がこれを受け取ってくれますように!
もし、教授が長期の旅行に行っていて、一ヶ月くらい戻ってこないとしたら、もうアウトだ。
家に戻ってからも、教授に電話をかけ続けた。
夜、8時頃だっただろうか。
ようやく教授が電話で捕まった。
「わかりました」
教授は、僕の必死な説明、言い訳、懇願に、無感情な声で答えた。
電話を切って、僕は、疲れ切って全身の力が抜けた。
卒業、できるかもしれない……。
果たして。
僕は卒業をすることができた。
教授の慈悲で、なんとかねじ込んでくれたようだ。
「非常勤の先生に迷惑をかけるな」
と、別の教授からは卒業式の日に怒られた。
ああ、非常勤の先生だったのか。申し訳ないことをした。
でも、そうするしかなかったのだ。
申し訳ない。
そしてもう一つ、告白することがある。
他愛のないことではあるが、社会人になってからも10年以上、僕は「卒業できない」という夢に悩まされつづけた。
卒業にうなされて、目が覚める。
そして、「ああ、もう社会人だった。卒業できてた」と胸をなでおろすのだ。
何百回、そんな朝を迎えただろう。
郵便受けを開けたあの日は、おそらく人生の中で最もショックだった日なのだ。
「卒業できない夢」を見なくなったのは、結婚して、子供も産まれてから。
癒えるのに10年以上かかった。
それでも、今でも、バレンタインデーが来ると思い出す。
もし、あの日、母親が電話をかけてこなかったらどうなっていただろう。
母親がチョコレートを送ってくれてなかったらどうなっていただろう。
だから、声を大にして言いたい。
母の愛って大切だよね、と。
***
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