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小さく丸めて捨ててきたものを、とことん味わってみたら


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:南園 貴絵(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
「何でお金払って食べに来てるのに、こんなこと言われなきゃいけないの!」
夫に誘われて夕食を食べに行くと、決まってこんな風に感じる店がある。
 
夫が若い頃からの馴染みの店で、もう20年以上通っている店だ。結婚前から連れて行ってもらっているから、わたしもかれこれ10年位の付き合いになる。
夫にとっては何でも話せる気の置けない仲かもしれないが、わたしはそこまでの関係性は築けていない。あちらはどう思っているか知らないけれど、少なくともわたしはそう思っている。
 
たまの外食。二人だけの時間。
わたしたち夫婦に子供はいないが、義両親と同居するわたしにとって、夫とゆっくり話をしながらの外食は楽しみな時間なのだ。たとえどんなに短い時間であっても。
 
それなのに、この店の店主ときたら「おい、子供はいつ出来るんや」、「ほんと残念やな」、「離婚するときには、金ようさんいるでなー」とか言ってくる。それも他のお客さんもいて、聞こえるように。
 
初めのうちは、親のように夫のことを可愛がってくれているんだと思って、わたしも真面目に返事していたが、毎度毎度同じことを言われるともう返す言葉もなくなり、愛想笑いですらキツくなってくる。
 
居合わせたお客さんの反応や視線が痛い。
哀れむようなその視線が惨めで、怒りというより泣きたくなるほどだった。
(何でお金払って食べに来てるのにこんなこと言われなきゃいけないんだろう……)
 
さすがに店内では泣かなかったけれど、店を出たら大粒の涙がぽろぽろこぼれた。
自分でもびっくりするくらい、抑えきれない感情が溢れてきた。
ハンドルをギュッと握り、下唇をキュッと噛んでも涙は止まらず、さっき飲んだ烏龍茶が全部涙になってしまったのかと思うほどだった。
 
泣き虫のくせに、負けず嫌いなところは、幼少のころからずっと変わらない。
 
「あー、きえちゃんまた泣きそう! 泣け、泣け!」
子供とは、なんと残酷か。
わたしは泣き虫のくせに、泣くのを我慢していることが多かった。
 
近所の少し年上のおにいちゃん、おねえちゃんと遊んでいて、小さなわたしだけ遊具に登れなくて、からかわれてよく泣きべそをかいていた。
幼稚園で一番の仲良しだったYちゃんがおかあさんと離れた寂しさから突然わたしを蹴ってきたときも、涙をこらえながら逃げた覚えがある。
 
何でもおかあさんに聞いてほしかったわたしは、その日あったことや感じたことをいっぱいいっぱい話す子だった。おかあさんも、いつも聞いてくれた。
悲しかったことや悔しかったことは、泣きながら話したこともあった。
 
でもある日を境に、「おかあさんに悲しい思いや心配をかけちゃいけない」という気持ちを強く持つようになった。
 
それは、幼稚園の参観日のことだった。
 
家に帰ると、おかあさんに「きえちゃん、今日どうして手を洗うとき一番最後だったの?」と聞かれた。
「だって、水道はみんなの分ないし、タオルだってみんなが一度に行ったら、ゆっくり手を拭けないでしょ。幼稚園の手洗い場はすべるから慌てたら危ないんだよ」と答えると、おかあさんは、「そうなのね」と笑っていたが、その表情はなんだかいつもと違っていた。
仕事から帰ったおとうさんに、おかあさんが話しているのが聞こえた。
「きえちゃんね、今日お友達から押し退けられて、手を洗うのも手を拭くのも一番最後だったのよ。ひとつ下の小さな子にも押し退けられて……可哀相で見ていられなかった」と心配そうな表情をしていた。
 
確かに他の子たちは我先にとい感じで、わーっと競うように手を洗っていたが、わたしは手を洗えればいいし、滑って転ぶと危ないと本気で思っていただけだったのに。
 
いつもおかあさんに見せる、「わたしが、わたしが」と甘えて主張する姿からは想像ができなかったのだろう。
 
幼くて『惨め』なんて言葉は知らなかったけど、おかあさんにこんな思いをさせたらいけない、と強く感じたのはこのときだと今でもはっきり覚えている。
 
それからは、惨めだと思われるのが嫌で、とにかくそんな感情を押し潰してきた。
悔しいという気持ちはうまく表現できても、惨めだという気持ちだけは表現できなかった。
 
小学校であんまり仲良くなかったクラスメイトから無視されたときも、中学校の修学旅行で嫌がらせをされたときも、就職してからパートのおばさんに嫌がらせをされたときも、『苦手な人がいる』、『嫌いな人がいる』ということは言えても、自分が惨めな思いをしていることは言えなかった。
 
誰にも言えないから、無かったことにしようとしていつも小さく小さく丸めてごみ箱に捨ててきた。ごみ箱も心のずーっと奥の方に追いやってきた。
 
ずっとずっとそうしてきた。
それなのに……。
 
次から次へと、嫌な思い出が溢れてきて、一体何のことで涙が溢れているのかわからなくなり、この日はタオルに顔をうずめて寝た。
 
わたしが無かったことにしてきた感情は、小さく小さく丸めてきたけど、決して無くなったわけではなかった。
圧縮したタオルを水につけたら膨らむように、烏龍茶の涙でぶわーっと膨れ上がってごみ箱から溢れ出してしまった。
 
一晩経ったというのに、まだ涙が溢れ、まぶたは重く、頭もぼーっとした一日を過ごした。
二日酔いか熱中症じゃないかと思うほど頭も痛かった。
もう他のことは考えられないから、この感情をとことん味わってみることにした。
 
ごみ箱から溢れたシワシワの感情を、ひとつずつ手で伸ばして広げてみる。
10年経っても、20年経っても、嫌なものは嫌だ。
でも、少しずつ向き合っていくうちに、あの頃には言えなかった「わたし、悲しいよ。つらいよ」が言えるようになってきた。誰かに、ではなく自分に向けて。
 
誰かに言わなくてもいい。
自分自身で『悲しい』、『つらい』、『寂しい』という気持ちをきちんと受け止められたら、それでいいんだと思えるようになった。
今までは自分で自分の感情を無かったことにしようとしていたから、余計に苦しかったのだ。
 
湧き上がる感情もこんな風に味わえばいいと気づかせてくれたあの店での出来事。
初めは勝手に傷ついていたけど、飾り気のないストレートな言葉は塩の効いた店主の焼き鳥のようにシンプルで味わい深いものだった。
 
またあの店に行って店主に同じことを言われても、今度は笑顔で過ごせそうだ。
その時は、あの焼き鳥に合わせて、烏龍茶じゃなく、ビールを注文しよう。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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