一ヶ月のタバコ
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記事:タカハシアヤコ(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
薄ら寒い夜のベランダに吐いた煙が広がって消える。
成人してから2年が経ち、きっとこのままタバコを咥えることなく一生を終えるのだと思っていた。
私が、はじめてタバコに火をつけたのは、3月の晴れた日であった。
昼間に、上野の映画館に立ち寄り、とある恋愛映画を見た。恋愛映画といっても、相当重苦しい内容で、主人公は、全く報われることがなかった。ただただしんどかった。映画の終盤に差し掛かり、二つ隣に座っていたおばさんに憚ることなく大号泣してしまった私は、帰りの中央線でも鼻をすすり、駅のトイレでも少し泣き、なんとか自分の部屋まで戻ってきた。
その夜、どうにも、寄る辺のない、寂しい気持ちになってしまったのである。私は、気づいたら、妙な関係の男友達にLINEしていた。べろべろに酔っぱらって抱きついてきたり、調子に乗って夜に突然泊めてと言ってやってきたりするような奴だが、その実、本命がいて、それは、私の友達、という、よくわからない男だ。私は2年ほど奴に振り回されていた。いや、勝手に絆されていた。しかし、まあ、都合がいいことも事実である。何の理由もなくLINEしても許されるような気軽さがあった。
「暇?」「ひまー」
通話してもいいか、と聞くと、いいとのことだった。映画を見て泣いてしまったことを話した後に、最近はどんな女をたぶらかしてるのか、どうせモテてるんでしょう、と私は軽口を叩いた。
どんな言葉だったか、どんな雰囲気だったかは全く覚えていないが、何か引っかかって、ああ、こいつは、本命の子と付き合い始めたんだな、と思った。図星。女の勘。
もう「好き」なんて気持ちは全くないといっても、なんて反応をしたらいいのか分からなくなった。私は、少々失礼なことを言ったのかもしれない。奴は少し怒ったらしい。私が話を聞いてほしくて電話したのだから、もし奴の気を害したのなら悪いのは私だと思ったので、素直に謝った。しかし、もうこれ以上話すことはなかった。ありがとね、お幸せに~、と言って電話を切った。
やってられんなあ。
すがるような気持ちでLINEしたのに、結果このザマ。昼間たくさん泣いたせいで、もう涙は出てこなかった。胸につっかえたごちゃごちゃをどこに吐き出せばいいんだろう。誰かと話すのは違う。ただただもっと深く息を吸って、吐きたかった。
もう夜も深かったが、私の足はコンビニに向かった。
「〇番お願いします」私は、ウィンストン・キャスターの1mgと安いライターを買った。1mgというのもキャスターというのも、少しでも体に悪くなさそうなの⋯⋯というふわっとしたイメージであった。
これがあれば、きっと息が吸える。極まった思考は何をしでかすのか分からない。私は、家のベランダで、タバコに火を近づけながら吸い込んでみた。
うおっ、甘っ。熱っ。
生まれて初めてタバコを吸った私のありさまは傍から見れば酷く滑稽だっただろう。なんとかきちんと火がついた。
意外とおいしいかもしれない⋯⋯。あとから知った話だが、キャスターは甘いから初心者向きだそうだ。図らずも。
それから数分、夜を眺めながら、タバコをふかした。あっという間に短くなり、持ち手が熱くなり、火を消した。
ふかしていたので、ヤニクラはなかった。タバコの匂い自体は好きだったので、少しいいものだと思った。奴については全く煮え切らなかったが、その日はそのまま眠りについた。
キャスターは20本入りである。せっかく買ったのだから1箱吸いきって、これっきりにしようと思った。毎日、1本。夜にベランダに出て、ふかす。たまに思いっきり吸い込む。こんなものに中毒性があるのだろうか、別に、やめようと思えばいつでもやめられる、と煙越しに景色を眺める。
月日が経ち、あと、3本、あと2本、とうとうあと1本となった。
これを吸ってしまえば、もう私はタバコを吸うことはないんだろうな。もう吸えなくなってしまうのか、もったいない、少し寂しいかも⋯⋯? と私は最後の一本の処遇について、数日間悩んだ。最後の一本を吸ってしまえば、私はもう一箱買ってしまうのではないか、という気もした。少し怖くなった。これが中毒性?
ああ、この一本は、奴への煮え切らない気持ちに似ている。
好きではない、好きではないと口で言いながら、今日くらいいいかと言って連絡をとってしてしまう。でも、結局一つも、ろくなことがなかったではないか。やめるのか、やめないのか? どっちだ? と私は、1本のタバコに問い詰められているような気がした。
結局、私が依存したいもので、私を本当に救ってくれるものは何もない。
そう思いながら、1本だけタバコの残った箱をゴミ箱に捨てた。
以来、タバコを買うことはなかったし、奴とはもう、用事がある限り連絡をとることはなくなった。
***
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