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マスクの中のキャンバス


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:いぬじじい伝説(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
最近、なぜか気分が乗らない。
理由はよくわからなかった。
 
何が変わったのだろうか。
 
この世界的な混乱が起きる前には考えられなかった、あれこれ。
 
ソーシャルディスタンス。
手指のアルコール消毒は、肌が弱い人間にはなかなか辛い。
うだるような猛暑の中、マスクが必須となるなんて、去年の夏は露と思わなかった。
 
確かに、細かな制約には未だに戸惑う。
しかし、「慣れ」とは恐ろしいもので、もはや当たり前になってしまったものも多い。
 
心身の不調、というにはあまりに大袈裟だ。
そう、「もどかしい」のだ。
身体のどこかがむずむずしてたまらない、しかし、どこかはわからない、という具合に。
 
この違和感はなんだろう?
 
制約ばかりではない。寧ろ、緩和されたことも多いではないか。
 
遂にこの日がやってきた。
友達と、ずっと気になっていたレストランへ。
買ったきり、箪笥の肥やしになっていたブラウスを着よう。
中国風のあしらいの着いたブラウスに合う、とびっきりのメイクで決めこむんだ。
そうそう、出かけるときはマスクを忘れずに。
 
……とびっきりのメイク?
……マスク?
 
「そうだ、私、ずっとリップ塗ってないんだ…」
 
めっきりリップにご無沙汰してしまっているのは、私だけではないはずだ。
最近、化粧品消費に関するニュースでは、こんな内容をよく目にする。
 
「目元以外、リップやチーク、ファンデーションなどの化粧品消費がずいぶんと落ち込んでいる」
と。
 
どのニュースも、この傾向について、類似する推測を立てている。
 
「目から下、すなわちマスクによって隠れてしまう部位は、メイクをしても人目に見られないからでしょう」
 
言われてみれば、私も同じだったかもしれない。
 
「どうせ誰からも見られないし」
「マスクの裏側に色が着いちゃうから」
 
そう思って、いつしかリップを塗らなくなっていた。
せいぜい、色付きリップクリームをささっと塗る程度だった。
なんのこだわりもなく。
 
そもそも、私はメイクが大好きだったのだ。
今日という日を、うきうきした気分で迎えるための、一種の儀式。
こだわりだって、人一倍あったはず。
 
私は、何のためにメイクをしていたのだろう?
 
あれは高校2年生、はじめて自分でメイクをしたときを思い出す。
 
母が誕生日プレゼントにリップを買ってくれたのだ。
パウダリーなフローラルの香りがして、自分が随分と大人になったかのような錯覚がしたのを覚えている。
恐るおそる、自分で塗ってみた。
ぱっと、唇が華やいだ。
しかし、その他のパーツはすっぴんである。
当然、唇は浮いてしまう。
 
「この素敵な唇と同じくらい、他の部分も素敵にメイクしてみたい!」
 
同年代の女の子たちと比べると、随分と遅い「目覚め」だったと思う。
だからその分、遅れを取り戻すためだろうか、のめり込んだ。
 
とはいえ、ずっと身なりに無頓着だったから、当初は本当に恥ずかしかった。
何から初めて良いのかもわからなかった。
 
「自分なんかがメイクをしていいのだろうか?」
 
しかし、メイクの楽しさに触れるうちに、そんな気持ちはすっかり消え去った。
ずっと気にしていたコンプレックスさえ、メイクの力で変えられることに気がついたからだ。
メイク次第で、目を大きく見せることも、低い鼻に鼻筋を通すことも出来た。
 
それからは、毎日自分の顔を鏡で見ながら研究を続けた。
自分の顔の形にはこのシェーディングが似合う、眉尻はこれくらい。
寧ろ、細い目を生かして、目尻に重点を置くのがいいかもしれない。
あんなに大嫌いだった目さえ、いつしか認められるようになっていた。
 
試行錯誤を重ねた。
そして、リップを主役にするメイク方法へとたどり着いた。
 
私は、何より色が好きだった。
素敵な色を見ていると気分が上がる。
そんな自分に最適なのは、リップメイクだったのだ。
顔の中で、はっきりと色を乗せられて、かつ面積が広い。
 
母にもらったリップを塗ったときの最初の喜びへと、また立ち戻ってきたのだった。
 
今日のリップは服に合わせてダークトーン、だから目元もチークもカラーレスにてバランスをとろう。
今日は面接だから、リップは清潔感のある薄付きのコーラルピンクで。
合わせて目元もチークもほんのりとしたシマーでフレッシュに仕上げよう。
 
いつだって、メイクを考えるときは高揚感でいっぱいだ。
 
私にとってのメイクは、変遷を遂げていった。
コンプレックスを隠すものから、自分の個性を活かすものへ。
このとき、コンプレックスも、裏を返せば個性になるのだと知った。
そして、最終的には「好きな色をまとって、自分を鼓舞するもの」へと変わった。
 
自分の顔にメイクを施していく様は、まるでキャンバスの上に絵の具を塗り拡げていくようだと、よく思う。
ひとつの正解なんてない。
時には失敗することだってある。
これぞ、という自分の企みがうまくいかないことも。
けれど、ルールなんてないし、誰のためでもない。
あくまで自分のためだ。
自己満足と言われても、私は自分をもっと好きでいるために、メイクをする。
 
「今日の私のリップ、鬼かわいいわ〜」
そう思うだけで、なんだか少しだけ、世界が私の味方をしてくれているように感じる。
コンビニのレジで当たりくじを引きそうな気がするし、電車内で濡れた傘攻撃に合っても笑って許せるんじゃないだろうか。
メイクがばっちり決まったとき、私は何からも自由なのだ。
 
私にとって、欠かせないメイク。
そんなメイクの主役はリップだったのだ。
 
今更、気がつくなんて。
 
かつて1本しかなかったリップは、気がつけば数え切れないほどになっていた。
引き出しの中に眠っている一本をそっと取り出す。
いつぶりだろうか。
 
夏らしい、目の覚めるようなオレンジレッドのリップを塗った。
その他のパーツのメイクもばっちり終えて、マスクをつける。
 
マスクでリップが見えない? そんなの関係ない。
私は知っている。私の今日のリップがとってもきれいなことを。
 
そうだ、この気持ち。久しぶりだなあ。
今日はなんだか一日頑張れるような、そんな気分がした。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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