メディアグランプリ

妥協だって運命に変えられる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:米村 彩加(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
「わ~可愛い!」
 
その日は彼の誕生日プレゼントの財布を買おうと、2人でウインドウショッピングをしていた。
表参道を歩いていると、目に飛び込んできた1匹の犬。
私たちは吸い込まれるようにして、ペットショップに入っていた。
 
「よかったら、抱っこしてみてください」
 
そう声を掛けられ、気づけば手の中にはあたたかくてふわふわした白いものがいた。
生後3か月、手のひらほどのサイズのマルプーだった。
マルプーとは、マルチーズとプードルのミックス犬だ。
信じられないほど可愛いその姿に心を奪われていると、店員さんが光の速さで見積もりを持ってきた。
 
「70万」
 
そこに記載されていたのは、ディスプレイ価格よりも20万近くアップした値段だった。
 
それまで知らなかったのだが、お店によって多少の差はあるが大抵の場合、ディスプレイ価格にワクチンや保険などペットを飼うのに必要な様々な手続きの費用が別途かかるようだ。
「生き物を飼う」という重みを実感した。
 
数分前まで考えてもいなかった買い物の選択に直面し、必死に考えた。
自分たちの貯金額でこの手の中にある可愛い命を連れて帰ることはできるのか。
現実的に考えて無理だ。
それは自分たちが買い物で払ったことのないほど大金だった。
 
たしかに2人とも実家で犬を飼っていたこともあり、犬が好きだった。
「いつか飼いたい」という夢もあったのでペット可のマンションに住んでいた。
 
しかし、「いつか」であって、どんなに考えても今日じゃない。
そう言い聞かせ、後ろ髪をひかれながらペットショップを出た。
 
5分ほど2人とも無言で歩いた。
 
「お願い、ちゃんと止めて」
 
「いや、そっちこそ止めてよ」
 
お互いに連れて帰れないと思いながら、どうしても諦められない気持ちでいっぱいになっていた。そしてお互いこの気持ちを止めてほしい、と冷静な立場を擦り付け合ったが、二人とももう冷静ではいられなくなっていた。
一縷の望みをかけ、お互い実家に電話した。
しかし、返ってきたのは「もう大人なんだから、好きにしなさい」という至極まっとうな言葉だった。そう、「自分たちで考え、責任を持つ」大人として当たり前である。
どうしたら忘れられるか考えながら、上の空のまま、プレゼントの財布を探したが全く興味がわかなくなっていた。
 
そして「犬を飼う」を諦めるための旅が始まった。
まず考えたのはあのマルプーが運命の出会いでなかったと実感すること。
そのために取った行動は、近くのペットショップ行脚だった。
調べると六本木に3店舗あった。
少しでも冷静になれることを祈り、歩いて六本木に向かった。
2店舗目、3店舗目、4店舗目とペットショップを回るうちに気づいたことがあった。
 
「家族がきまりました!」
 
その札が思ったよりもたくさんついていた。
見まわせば、すぐ隣で新しい家族を迎える手続きをしている人もいる。
こんなにも家族を迎える決断をしている人がいるんだ! と、ペットショップに来ておいて何言ってんだという感じだが、素直に思った。
 
そして当たり前だが「飼わない」という決意を固めるための行脚はやはり間違っていた。
計4店舗、計6時間ほどのペットショップ行脚の末、私たちは再びある場所を訪れていた。
 
いそいそと家族になる手続きをして、たくさんのペットスターターセットとともにタクシーで家へ帰った。
 
帰りのタクシーの中、不安や後悔はなく心から満ち足りた気分だった。
 
彼の誕生日プレゼントの予定だった財布は、新しい家族という尊い命に代わっていた。
小さく茶色い新しい家族に。
 
そう、お気づきの方もいるだろう。
 
私たちは白いマルプーを連れて帰りたいと思ってあんなに悩み、行脚までしたのだ。
しかし、最終的に連れて帰ったのは茶色いティーカッププードルだった。
 
正直に言えば、マルプーの方が第一印象は可愛かった。でも、自分たちではなかなか決断できないお値段のマルプーより、2店舗目を訪れた際、高い子だと100万近くするティーカッププードルなのになぜか少しお安い値段を付けられ、お店の隅のゲージに入れられていたこの子が、抱っこもしていないのに忘れられなくなっていた。
 
「マルプーはあんなに可愛かったし、私たちの後にも抱っこしていた人だっていた。だからきっと、今頃新しい家族が決まっているだろう。この子はもうすぐ閉店だというのにまだここにいる。私たちが連れて帰らなければ!」
 
そう思ったのだった。
大変失礼で、余計なお世話である。
きっとこの子も私たちが家族に向かえなくても、すぐに新しい家族が決まっていただろう。しかし、妥協して決断した自分たちを納得させるためにそう思い込んだ。
なぜならマルプーよりは安かったが、私たち史上最高額の決断だったから、言い訳が欲しかったのかもしれない。
 
帰りのタクシーの中、確認のため最初の店舗に電話するとあのマルプーも新しい家族が決まってしまったと謝られた。(やっぱり。でもよかった)
 
そうして私たちの家族となったのはティーカッププードルの男の子だった。
 
あれから3年、ティーカップというには少し大きめの3㎏にまで成長した。
あの日、あのマルプーに出会っていなければ、きっといまだに犬は飼っていなかっただろう。だからあれはある意味運命の出会いだったのだ。
 
当時70万円払う決断ができず、最初は妥協がきっかけだった。
しかし、そのことに全く後悔はしていない。
ただ、あの日この子を家族にできて本当に良かった。心からそう思う。
今もすぐそこで仰向けの無防備な姿で眠っている。
君も私たちと家族になってよかったと思ってくれていることを祈る。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事