かぐや姫は今もきっと竹林にいる
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かぐや姫は今もきっと竹林にいる
記事:谷津智里(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「あ、かぐや姫だ」
と思った。
淡竹(はちく)という細身のタケノコの皮をむいていた時のこと。
尖った先端を斜めに少し切り落とし、上から包丁でスッと縦に切り込みを入れて、その切れ目に両手の親指をそっと差し込む。パリッっという小さな音を聞きながら外皮を左右に開くと、あらわになった真っ白なタケノコの身に、極薄の姫皮が幾重にも厚く折り重なり、さらにその外側を数枚の茶色い外皮がふわりと包んでいる。
「ああ、これは、十二単だ」
着物の中からちょこんと顔を出した穂先の先端は淡く輝いて、まさに玉のような赤子をそっと抱いている気分。いにしえの人はきっとこんな風にして、竹の中に潜むお姫様と出会ったに違いない、と思った。
そういえば、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」で、幼少期のかぐや姫に「タケノコ」という呼び名がつけられていた。ぐんぐんと信じ難いスピードで成長する姿からつけられたものだが、博識な高畑監督はきっと、このみずみずしい幼竹の姿もかぐや姫に重ねていたのではないか。そう思うくらい、私の掌の中にあるそれは、繊細で美しかった。
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「今、住んでいるところで何かおいしいものはありますか」と聞かれたら、私は真っ先に「タケノコです」と答える。宮城県の最南端に移り住んで、食べ物への常識を塗り替えられた食材の筆頭が、タケノコである。その理由は味と、人間との関係性にある。
生まれて以来30年を東京で過ごした私は、スーパーで売っている中国産の水煮のタケノコしか食べたことがなかった。こちらに来て、朝採りのタケノコを焼いて食べた時の衝撃といったら! まず、香りが違う。歯ごたえが違う。甘みも、風味も、まるで違う。「タケノコってこんなにおいしかったんだ」と目を丸くした。
鮮度が命のタケノコは生のままでの大量流通には適さないから、産地の近場でなければその本当の愉しみはわからないものだったのだと知った。
今では毎春、地元のタケノコが採れるのを楽しみにしている。
かぐや姫のおじいさんが「竹取の翁」であったように、竹は元来、食材として使うだけではなく、籠にしたり柵をこしらえたり器や箸を作ったり、さまざまな日用品の材料として使われていた。タケノコを食べることで竹林整備にもなるのだから一石二鳥だったに違いない。なんせ一度頭を出したタケノコは放っておくとぐんぐん伸びて、あっという間に竹林面積も広がるし密集もしてしまう。東京に住んでいた時はそんなこと考えたこともなかったが、日本にはそこら中に竹林がある。道具の材料にも食料にもなり、肥料などやらずとも生えてくる竹は、日本人の暮らしにかなり密接な存在だったに違いない。だからこそ、日本最古の物語が「竹取物語」なのだろう。
この地域ではありふれているタケノコだから、シーズン中は、食べ終わるか終わらないかのうちにまたご近所さんからやってくる、ということもよくある。5.5リットルの圧力鍋いっぱいに茹でたものを1週間で食べ切り、それを何周かするのが毎年の恒例。
それでも我が家では全く食べ飽きない。味が良いのはもちろんのこと、定番のお吸い物、タケノコごはんや煮物の他にも、中華スープや炒め物、カレー、パスタ、ピザ、オムレツと、和洋中何にでも合うから、「次はどうやって食べようか」と愉しみが尽きない。
それともう一つ、季節が限定されていることも重要だと思う。終わりが分かっているから、「今のうちに楽しもう」と思う。他の山菜や果物も含め、「その季節にその食材を食べる」ことが、年数を重ねるごとに身体に染みついていくのを感じる。
食べることも暮らすことも、自然の営みと一体であることを、タケノコが教えてくれた。
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現在、一般的に出回っているタケノコは孟宗竹(もうそうちく)で、この辺でも外からのお客さん向けはみんな孟宗竹だが、地元の直売所では時期を少しずらして冒頭の淡竹や真竹(まだけ)も買える。これらは細身なので茹で時間も短くアクもほとんど無い。実は孟宗竹が日本に入って来たのは近世になってかららしいのだが、淡竹や真竹は古くから栽培されていた。竹取物語の時代にもあったようなので、淡竹を見てかぐや姫を連想したのも、案外間違っていないのかもしれない。
「かぐや姫の物語」では、山中では活き活きと輝いて跳ね回っていた姫が、都で暮らし始めるとどんどん表情が暗くなり、狂わんばかりに山を恋しがる。翁は「姫のため」と地位や財産、名誉を追い求めるが、そのことが姫を追い詰め、最終的に月へ帰る結果を招いてしまう。高畑勲監督の解釈による演出ではあるが、平安時代から、自然とともにある田舎の暮らしと、物質的な豊かさを凝縮した都市という二つの軸が出来上がっていたのだと思うと、今、目の前にある竹林を見るのも感慨深い。現代に生きる私は、地方へ移住しても物質的な豊かさを叶えながら、竹林の営みも楽しんでいる。自然とともにある暮らしは危機に瀕してはいるが、今もなんとか生き延びている。かぐや姫は今の私たちを見て、どう思うだろう。
タケノコの先端部分を十二単のように包んでいる薄い皮を、まさに「姫皮」という。
これは生から茹でなければありつけないもので、シャキシャキの根元部分とは違うなめらかな舌触りを楽しめる。オリーブオイルとハーブソルトをかけてサラダにしたり、たたいた梅干しとあえると爽やか。淡竹は細いからたくさんの数をむくので、姫皮もたくさん採れる。
天まで届くタケノコを支えるがっしりと力強い根元と、そっと触らないと破れてしまう繊細な姫皮。それらがグラデーションとなって同居したタケノコを見ていると、実はかぐや姫は、今も月に帰らずにそこにいるような気がしてくる。本当は月に帰ったんじゃなく、山に帰ったんじゃないのかしら。
友人宅に竹林があるので、シーズン中は時々採りに行かせてもらう。淡竹は細いので収穫も気軽。友人も、竹の整備が進んでWIN-WINだ。
かぐや姫の生まれた平安時代から1200年を経てなお、私たちは都市と山村のあり方について答えを見出せていないけれど、季節の暮らしの営みは今も変わらずここにある。地方に人が暮らしている限り、きっと、これから先も。
春になったらまた、かぐや姫に会いに竹林へ行こう。
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