図書館への宇宙旅行
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:いぬじじい伝説(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
「ご予約された資料がご用意できました。開館日・開館時間をご確認のうえ、7開館日以内に起こしください」
久しぶりに、図書館へ行く用事が出来た。
予約していた本の順番が回ってきたらしい。
正直なところ、予約をしていたことすらすっかり忘れていたくらいだった。
夕食の材料の買い出しのついでに、本を引き取ることにした。
お目当ての図書館は、近所の区民センターに入っている。
いつもどおり、上のフロアを目指す。
エレベーターに乗り込むと、程なく到着した。
なんと、図書館のフロアは薄暗く照明が落ちている。
「あれ? 今日は開館日のはずだけど……」
私の正面には立て看板が鎮座していることに気がついた。
「ただいま消毒中のため、立ち入り禁止。入館開始時刻は17:30〜」
どういうことだろう。
予想だにしていなかった事態に、理解が及ばない。
慌ててデニムの後ろポケットからスマホを取り出す。
現在時刻は17:02。
少なくとも、あと30分近くは待たなければいけないようだ。
卵や牛乳でずっしりと膨らんだエコバッグが私の右腕にぶら下がっていたし、
なにより、家族に夕飯を待たせるのは忍びない。
仕方なく、その日は諦めて、別の日に出直すことに決めた。
しばらく図書館に来ていなかった間に、運用ルールが変わっていたのだった。
どうやら、1時間ごとに30分の消毒・換気の時間が設けられており、利用に際しては、都度一斉入れ替え制度を開始していたらしい。
急いでネットで調べたり、友人にも訪ねたりもしてみた。
どうやら私の住む自治体だけの話ではなく、全国的に同様の対策が取られているようだ。
一日中、朝から晩まで居座ることもできない。
気軽にふらりと立ち寄ることもできない。
なんだか、久しぶりに再会した幼馴染が自分のことを覚えていなかったような気分。
すっと、寂しい風が胸にそよいだ。
思い返せば、私にとって、図書館は無くてはならない場所だった。
小学生時代から、週末はしょっちゅう入り浸っていた。
大学時代は図書館職員のアルバイトだってしていたくらいだ。
小さい頃から本の虫だった。
母の読み聞かせを卒業し、自分で文字が読めるようになるにつれ、読書にすっかりのめり込んでいった。
ドロシーと一緒に黄色のレンガ道を歩き、フック船長と戦うピーターパンを応援した。
現実世界では、身体が弱く、友達も少なかった。
でも、本の世界では何者にだってなることが出来たのだ。
旅行記も沢山読んだ。
家庭の事情であまり旅行にも行けなかった自分にとって、読書は世界の広さを教えてくれた。
本屋さんでは出来なくて、図書館ではできることもある。
表紙やタイトルだけで気になった本を、好きなだけつまみ食いした。
自由に使えるお金がない幼少期には、本当にありがたかった。
背伸びして読み始めてはみたけれど、まったく歯が立たない。
そんな悔しい想いだって、何度あったかわからない。
ときには司書のお姉さんに助けてもらいながら、わからないことは自分で調べる癖がついた。
今でも、色々なことに好奇心を持って挑むことが出来るのは、あの頃の読書体験が少なからず影響しているのだと思う。
そして、図書館という空間自体も大好きだった。
沢山の人が集う空間ではあるものの、各々が自分の世界に没頭している。
経済新聞をせっせと読み込む、サラリーマンの男性たち。
特定の書架からひっきりなしに本を自席に運びながら、レポート執筆に励む大学生。
しばしば眠い目をこすりながらも、赤本相手に格闘する受験生。
何やらぶつぶつとひとりごちながら、和綴じの古めかしい本から魔法陣を書き写しているおばあさんに出くわしたこともある。
とても静かで、たとえ一生かかっても知り尽くすことができないほど無数の情報が集約されている。
まるで宇宙みたいに、深い。
みんな、図書館という空間にぷかぷか浮かぶ惑星みたいだ。
また、公で、誰でもいつでも利用できる開けた場所として、
私たちを出迎えてくれてくれていたようにも思う。
あるとき、目にした光景が忘れられない。
図書館の片隅の飲食コーナーで、真っ赤に目を腫らしながら、ひっそりと泣いているサラリーマンの男性がいた。
ぷんと、アルコールの匂いがする。
缶ビールが沢山入ったコンビニの袋を足元に置いていた。
平日の昼間だった。
幼い私には、深い意味はわからなかったし、
今だってあくまで想像の域を出ることはない。
しかし、彼には彼で、図書館に来る理由があったのだろう。
私自身にも似たような経験がある。
社会人になって数年が経過したある日のこと。
過労がたたって、どうしても出勤出来なくなってしまった日があった。
「今日は、休ませてください」
やっとの思いで会社に電話をかけた。
家に帰る気分ではなかった。
行く宛もない私は、たまたま近くの図書館に入って、やっとのことで閲覧スペースに座った。
その日一日は、ただぼんやりと図書館で過ごした。
本を読む気力は正直無かったけれど、
大好きな本に囲まれて、なんだか心が浄化されていくような気持ちがした。
閉じられた空間ではあるけれど、どこまでも広がる世界を教えてくれた図書館。
いつまでこの状況が続くのかはわからない。
しかし、私にとっては、かけがえのない居場所だったし、
きっと、他の人達にとってもそれは同じだっただろう。
図書館という果てしない宇宙に、また誰しもが旅立てる日がくることを願ってやまない。
***
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