メディアグランプリ

Covit-19 ICU病棟のナースは踊って世界を救った


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記事:藤野(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
2020年4月、ロンドンで踊り出した人たちがいました。
そんな時期に誰が?
Covit-19専用病棟のICUナースさん。
彼女たちが何故踊り出したのか、そして、ナースが踊るという現象がもたらした結果についてお話しさせてください。
 
周知の事実の通り、同年3月から、欧州では歴史に刻まれること間違いなしの未曾有の事態に陥っていました。第二次世界大戦中でも決して休校処置をとらなかった英国の学校も次々と閉鎖され、英国のボリス首相までICUに担ぎ込まれることになったあの頃、私はロンドンで暮らしていました。
 
毎日報告されるCovit-19感染症による死者数は1日あたり1000人弱。
日本の家族たちからは「戻ってこれるの!?」的な連絡を受けましたが、比較的早い段階ではっきりと決めました。
 
日本には戻らないと。
 
「そんな黙示録の世界なのに!?」
ということも実際言われましたが、多分、現地に暮らしていた多くの人たちは私と同じようにそこで暮らし続けることに割と動揺は少なかったと思います。
 
不安、パニック、人間不信。
そんなものが蔓延するのではないかと思っていましたが、結果は予想を大きく裏切るものでした。スーパーや薬局に人が殺到することもなく、マスクも消毒品も私がロンドンを巣立つ6月までずっと店頭に並び続けました。
道を行き交う時やお店に入る時は会釈をしあってお先にどうぞ。譲り合った後はサンキューの一言を忘れずに。お喋りはご法度でしたが、以前よりも知らない人たちと笑顔ですれ違うことが増えました。
 
これって日本と比べてもずいぶん落ち着いた状況だったのではないでしょうか?
 
1日の新たな感染者が数千人、死者数は千人を超える英国で、なぜこんなに落ち着いた状態をキープできたのでしょうか?
 
それは、ナースが踊ってくれたからです。
 
私の住んでいた村には徒歩圏内に大きな病院があり、エボラ出血熱の治療の実績もある感染症治療病棟を持っていました。そのため、もちろんCovit-19患者さんも常に500人程度受け入れ続けるという大活躍。
 
そんなエリアだったので、住人にも医療関係者の方が多く、その方々への理解や協力心は強かったと思います。それでも、徐々に互いに対する疑心暗鬼が見え隠れするようになってきました。
 
感染症を恐れ家に閉じこもる人、
怖いけど今こそ人と繋がりたいと思う人、
そんなに気にしたら逆に体に悪いと思う人。
それぞれの主義主張があって、どれが正解かはわからない。正体不明の感染症が発生しているとはいえ皆の心を一つにするって本当に難しいものです。さらに、180の言語が飛び交うといわれていたその地域は、英語が得意ではない人も多く住んでいました。
 
今思うと、誰もが心を寄せ合いたい想いを持っていたけど伝える術が分からなかったのだと思います。ハグも駄目、おしゃべりも駄目、相手によっては言葉が通じない。それじゃ、心を寄り添わせるなんてできるわけないと。難しく考えれば考えるほど、停滞感で空気はよどみ、空気ががよどめば心が弱り、てきめんに体にガタがきます。
 
そんな空気を払拭するために立ち上がったのはICUのナースさん。
彼女たちが選んだ「伝え方」はハグでも言葉でもありませんでした。
 
キレッキレのダンスを地域の住民専用SNSにアップしたのです。
いつ練習したの? という見事な同調性とリズム感。医療用マスクをしているので短い時間のパフォーマンスでしたが、マスク越しにもわかる笑顔にジブリ映画3本分くらいぐっときました(ジブリ好きですよ! それほどの威力!)
 
そしてシンプルなメッセージ。
「今だからこそ何か楽しいものが必要でしょ? 私たちは大丈夫。ありがとう」
 
諦めの空気が流れつつある中に、最前線の看護師さんたちがくれたメッセージ。
辛さを訴えるでもなく、人々の振る舞いの悪さを糾弾するでもなく、ただ、見事なダンスと晴れやかな笑顔のメッセージを送って、
「楽しんで!」
 
そのメッセージを見たとき、何かを伝えようとすることに重要なのは凝った言葉や理論じゃないのだと強く感じました。形にこだわる必要はなく、ただ、思いを届けたい人たちのことを考えて、その人たちの助けになるように祈る。それだけで充分。
 
大袈裟じゃなく生活の全てを捧げて感染症と戦っていたナースたちの笑顔は、言葉の壁をあっさりと乗り越えて、みんなの心にまっすぐに響きました。
「彼女たちを守ろうじゃないか」
住人の心がそう一つになるのに時間はかかりませんでした。結果として、冒頭のようにパニックが発生することもなく、むしろ地域での助け合いが活性化され、医療関係者や感染者の家族をサポートするボランティア組織が次々と立ち上がりました。
 
彼女たちは世界を丸ごと救ったわけではありません。だけど、彼女たちのとった行動が、小さな、ロンドンの片隅の一つの村に大きな光を与えたのは間違いありません。
 
その光を追ってみたくて、私もロンドンに残ることを選びました。ロックダウン中、誰もがささやかな思いを伝えようとしていました。
「楽しんで!」
バルコニー越しのロミオとジュリエットの朗読会。
「楽しんで!」
屋上で開催されたチェリストのソロコンサート。
「楽しんで!」
各自が窓に掲げた虹の絵。
小さな村で、近所の人たちと小さな楽しみを窓越しに送りあっている間に、いつの間にか夏が来ていました。
 
多民族国家とも言われるロンドンで、皆に自分の気持ちを伝えるのは日本にいるよりもずっと難しいと思っていました。でも、大変な時こそ相手を楽しませたいと言う思いは世界共通なのだと知ることができました。
 
日本に戻ってきて、マスクはしているけれどほとんど日常のままの生活だ! と感動しています。だけど、当たり前の毎日の中で、うっかり忘れそうになることがあります。ロンドンの時よりもずっと簡単に隣の人に気持ちを伝えられるはずなのに、ちゃんと相手のことを思う行動をとっているだろうかと。そんなことを考えていたらロンドンからたくさんの写真が届きました。「Summer is here ! enjoy!」すべて近所の写真ですが、どれも本当に美しくみえました。危うく、また難しく考えそうになっていたところを救われました。
まずは、ロンドンにいる友人たちに、オリンピックが来なかった日本の今をレポートしてみようと思います。
「楽しんで!」
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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