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コンプレックスとわたしの関係


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:キムラアヤ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「まさか。無い、無い、無い……」
 
大学の合格者発表のボードに私の番号は無かった。呆然と天を見上げると、空は真っ青で広く澄み渡り、日差しはキラキラと輝いていた。冷たい風がコートの隙間から入り込み、私の体温をどんどん奪っていった。19歳の私にとって、それは初めての挫折だった。
 
私には、学歴コンプレックスがある。
 
都立のいわゆる進学校に進んだ私は、充実した高校生生活を送っていた。自由な校風で、勉強だけではなく部活や遊びも楽しみながらでも、一流大学への進学率は高かった。多くの場合は一浪をするので、現役で合格をしなくてもさほど落ち込むこともなかった。
 
一浪して臨んだ二回目の大学受験だったが、合格することはできなかった。家族も親戚も友人も、もちろん本人も希望する大学に進学するのは当然のことだと思っていた。しかし、想像もしていなかった現実を突きつけられ、自分への情けなさと、親の期待を裏切ってしまったことへの罪悪感、周囲への恥ずかしさの気持ちでいっぱいだった。絶望感と虚無感で、私の身体の中には大きな穴がぽっかりと開いた。
 
それからというもの、見当たらないジグソーパズルの最後のピースを探すように、私は大きくぽっかりと開いたその穴を埋めようと必死になった。
 
大学に行かれなかったので、嫌々専門学校に進学した。
 
「なぜ、私はここにいるんだろう」
 
どうしても自分がその場所にいることを受け入れることができなかった。ただ一つ幸いだったことは、中学生の頃に持った、「建築家になりたい」という夢だけは変わらずにいたことだ。そして、建築の専門学校に進み、そこで先生に恵まれた。どうしたら私にとって一番いい道なのかを真剣に考えて下さる先生に出会い、「一級建築士」という資格があることを知った。ここで私は、大きな穴を埋められるピースを見つけた気がした。
 
家づくりに携わりたいと思い、専門学校を卒業してハウスメーカーに就職した。一級建築士になるには実務経験が必要で、働きながら一級建築士受験の予備校に通った。
 
「一級建築士にさえなれば、無くしたものを取り戻せる」
 
そう信じて疑わなかった。必死に勉強し、私は27歳で合格した。
会社でも、一級建築士になれば希望の部署に異動させてもらえるはずだった。しかし、女性向きの仕事内容ではないからというなんともしようがない理由で、結局希望は叶わなかった。その部署に異動したのは、大卒の後輩男性だった。落胆した私は、新たに活躍できる場所を求めて転職することにした。
 
転職した先では、大変ではあるが自分のやりたい仕事を任せてもらえた。30代になり、仕事にやりがいを感じ日々充実していた。ただ、女性の建築士は男性に比べまだまだ少ない時代だったので、打ち合わせに行く先々でこう聞かれた。
 
「一級建築士なんですね。どこの大学ですか?」
 
またまた大学問題が目の前に立ちはだかった。一番聞かれたくないことを聞かれるたびに、私は口角をあげながら、のらりくらりとはぐらかし返事をすることを避けた。
 
ある日、夫の海外転勤が決まった。アメリカのサンフランシスコだ。30代後半になり、思うように仕事ができるようになっていたので、キャリアを止めることに少し躊躇はしたが、新しい生活に前向きだった。ビザの関係で、私はアメリカでは仕事ができなかったので、学校に行くことにした。
 
「そうだ、アメリカの大学に行こう!」
 
一発逆転ホームランになると思った。日本の大学には入れなかったけれど、アメリカの大学を卒業すれば胸を張って日本に帰れるし、その先の未来も広がる。そう思った私は、片言の英語でサンフランシスコ市内にある大学を片っ端から訪ねて行った。面倒くさそうな顔をする担当者を後目に、何とか入学準備のための第二外国語クラスに通わせてもらえないかと直談判した。そしてやっと一校見つけることができ、とある大学の外国人用の英語クラスに通えることになった。一歩前進だ。
 
大学入学、そして卒業という大きな野望を叶えるためには、大嫌いな英語が何より必要だった。私は主婦の仕事はほとんどやらずに、英語クラスの課題をこなすことに大半の時間を割いた。サンフランシスコでの生活も2年が過ぎようとしていたころ、私は憧れのアメリカの大学に入学することができた。
 
入学して1年、無情にも道半ばで日本への帰国が決まった。アメリカの大学卒業という一発逆転ホームランは打てなかった。
 
帰国して五年が経った。私は外資系のアパレル会社で店舗デザインをする部署で働きながら、どうしても開いたままの大きな穴を埋めたくて、40代にして空間デザインを学ぶために大学生になった。そして今年、いよいよ念願の大学卒業というゴールが見えてきた。もう少しで憧れのモノが手に入りそうなのだ。しかし、なぜか最近よく思うのだ。
 
「卒業しても、穴は埋まらないな」
 
あれだけ埋めたかった、私の中の大きな穴。「コンプレックス」というそれを埋めるために色々なことをしてきた。そして最終的に40代後半で社会人大学生になり、今年卒業しようとしている。これでやっとコンプレックスからは解消されるはずだった。けれども、どうもそう上手くはいかないようだ。それは何故かと考えてみると、結局のところ、穴の開いた私が本来の私なのだと気が付いた。だからいつまでたっても穴は埋まらない。けれども、今までコンプレックスを埋めようと挑戦してきた一つ一つの経験が、今の私を創り上げている。
 
最後のピースは埋まらないかもしれないけれど、開いた穴は私の大切な個性だ。だからこれからは自分が持っているものに目を向けて、それを大切に育ててみようと思う。今ならコンプレックスも悪いことばかりじゃないよって言える。
 
コンプレックスは相棒だ。これからも私が成長するために。
 
今日も空は真っ青で澄んでいる。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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