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京都100年老舗の小さな花屋の大きな野望


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記事:河村晴美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「お前には絶対無理や!」
 
あれから3年が経った。
私は、今、曾祖父の時代から続く家業の花屋を、4代目社長としてここ京都で営んでいる。
 
今どき、街の花屋なんて小さな商売は、どう考えても儲かりそうにないと思うだろう。
その通りである。一般的には全く儲からない商売だ。
生花を仕入れて売るだけであれば、売値から仕入れ値の原価を引いて、店の維持費や人件費を除けば残る収益は微々たるものだ。小学生だって分かる。
 
だから、父は小学生だった私に言った。
「百合子は店を継がなくていい。好きなことをやればいい。だから、勉強だけは頑張れ」
父と母は、自分の代で創業100年の小さな花屋を閉めることを決めていたのだ。
 
でも、私は今こうして4代目として家業を引き継いでいる。
慎ましい店構えは先代と同じ大きさのまま。しかし、ビジネスモデルは経営学をフル活用し、収益率の高いことに特化している。だから、実は細々とではなく、ガッチリ稼いでいるのだ。
 
私は高校を卒業しイギリスの大学へ留学した。4年間経営学を学び、在学中はインターン先の企業で実際に経営も肌感覚で磨いた。予定通り経営学の修士号を取得し、意気揚々と帰国した。
 
ようやく父に恩返しができる。久しぶりの実家の畳の居間で宇治産のお茶を飲む父に言ったのだ。
 
「お父さん、私、この店を継いでもええよね」
 
父はきっと喜んでくれるにちがいない、そう思い込んでいた。それ以外のリアクションは想定していなかった。しかし、しかし、である。なんと、父は激怒した。
 
「花屋を継がせるために、お前をイギリスまで留学させたんとちゃうぞ。お前には絶対無理や。経営は机上の空論とちゃうんや。資金繰りがどんだけ大変なのか、お前は分かっとらんのや!」
 
父は立ち上がり、仁王像の面持ちで私を見下ろし、一瞥して自室へ行った。
私は茫然とした。そして、涙があふれてきた。(そんな言い方しなくてもいいのに・・・・・・)
いつも控えめな母が、このとき初めて話してくれた。父は、本当は花屋ではなく、文筆家を生業にしたかったことを。父は昔から本が好きだった。母へのプロポーズの言葉は、夏目漱石の「夢十夜」の第一夜を引用し、生まれた私に百合子と名付けた。私は、てっきり花屋の娘だから百合子なのだと思っていたのだが、理由は全く違っていたのだ。父は、私が夏目漱石と同じイギリスへ留学することを、心から喜んでくれた。パソコンなど全くできないIT音痴の父へ、私はせっせと海外郵便で手紙を送った。父は、万年筆で綴られた私の字と、イギリスの街角の可愛いお庭や公園の風景写真を、何度も何度も見返していたとのだと母は話してくれた。
 
私は、勢いや思いつきで家業を継ぐと言ったのではない。ここ京都で花を扱うビジネスモデルに、勝算があるとそろばんをはじいたのだ。
それは、イギリスで伝統あるアカデミズムに接し、西洋が求める東洋の世界観を打ち出すこと。そうすれば、単なる商品ではなく概念の創造が打ち出せたならば、必ずいけるはずなのだ。
 
「よし、結果で示そう」
 
私は、翌日からさっそく見習いとして手伝った。グローバルとローカルを掛け合わせたビジネスモデルの実行だ。京都は、年間1000万人を超えるインバウンド需要がある。加えて、KYOTOのネームバリュー、このブランド価値を利用しない手は無い。
 
「あなた、最近、店に外国人観光客や若い女性が来るのよ。どうやら百合子が何かしているみたいね」
 
母が来店の客層が変化しているのを感じると同時に、父は日々の収支で売上変化を把握していた。私が色々と画策していることが、目に見えて功を奏してきたのだ。
 
「百合子、ちょっとここに座りなさい」
 
しめしめ、父は私に聞きたいのだろう。「何をしているんや?」 と。
そこで、私は、学んだ経営学の理論ではなく、イギリスで見たこと感じたことを伝えたのだ。
 
例えば、イギリスなどヨーロッパの家のバルコニーに飾られている赤やピンクの花の植物はゼラニウムが多い。その理由は、ゼラニウムは香りを発する効果があるためで、家の外観と生活の知恵が共存していること。
また、世界から熱狂的なファンが訪れる、チェルシーフラワーショーで見た、正面エントランスでひときわ賑わっていたブースが枯山水の日本庭園であったこと。
イギリスの大学に留学しているフランス人が、本国フランスではジブリ映画が大人気であり、トトロに出てくるBENTO(弁当)がフランスでも流行っていること。もののけ姫の世界観は、北欧が世界に誇るムーミンの世界観つまり自然信仰に親和性が高いことなど、日本にいると気づけない日本の良さ、世界が注目している日本文化の価値について伝えたのだ。
 
父は私の話を遮ることなく、静かに聞いてくれた。母は少女のように目をまん丸にして興味津々の表情だ。2人の反応を確認して、私はタブレットを開いた。
私が帰国してすぐに取り掛かったのが、英語サイトの増設だ。打ち出している世界観は、京都、桜、盆栽、苔などの栽培キットの販売を整備したのだ。苔の販売は、ジブリが好きだと言ったフランス人男子の言葉をヒントにラインナップに加えてみたところ、予想以上に注文が入っている。
これらの商品チラシを京都市内の5つ星ホテルに常設させていただいたら、帰国後にネット注文する人もいるが、京都滞在中に店へ立ち寄り購入してくれる人も多い。それも想定に織り込み済みで、店内に英語表記もしているし、母にはわざわざ作務衣を着て接客するよう伝えていたのだ。
 
「父さんも、これで引退やな」
 
「いやいや、お父さん。引退にはまだ早いよ。実は、お父さんにお願いがあるんよ」
 
というのは、先日、私は外国人富裕層が宿泊する5つ星ホテルへ生け花のライブショーを企画提案したのだ。西洋のフラワーアレンジメントは、花器に隙間なく盛る足し算が豊かさのステイタスである。一方、日本の生け花は引き算した余白を作ることが、わびさびの世界観である。
すると、アメリカの大学でホテル経営学を学んだ日本人の支配人が興味を持ってくれたのだ。
父がいつもお届する華道のお家元に協力いただければ、日本伝統文化の発信の場となるのだ。
 
華道がうまくいけば、次は茶道だ。イギリスにはアフタヌーンティーの習慣があるので、茶道とも相性が良い。他にもまだまだある。書道もあるし、座禅はマインドフルネスだ。
 
花屋は花を売るだけが商売ではない。
京都という小さな街の小さな個人商店であっても、思考と熱意と行動力でいくらでも世界に打って出ることはできるのだ。
 
イギリスへ留学して気づいたことは、文化に共感してもらうことで交流が生まれる。共感は相互理解だ。互いの文化を尊重し合えば、世界は平和になれるはず。
小さな店の小さな商いだけれども、志は大きく。みんなの心に花が咲きますように。
小さな花屋の挑戦は、まだまだ続くのである。
≪終わり≫
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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