メディアグランプリ

ケチでワガママな孤高のフクロウ

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:朝木亜佐(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
アメリカから荷物が届いた。フクロウの置物が何個も入っている。101歳を迎える直前に亡くなった、夫の祖母が集めていたものだ。
 
ケチで頑固で独立心が旺盛だったシカゴのグランマ。私が会ったのは、彼女の晩年、80代後半からの数回だけだが、ユニークな言動がいくつも思い浮かぶ。
 
「グランマのケチケチ精神に驚かないでね」
 
初めてグランマを訪ねることになったとき、夫の妹が笑いながら私に「警告」した。
 
一人暮らしのグランマの愉しみは、毎週地元の公民館でシニアにふるまわれる無料ランチだった。そこではビンゴ大会もよく開催されており、当たった景品の数々を部屋に飾っていた。ものを集めるのが大好きで気づいたら増殖していたという、フクロウをモチーフにした工芸品や置物も、そこら中に無造作に置いてあった。
 
私と夫の滞在中、グランマの運転で近郊の湖へドライブをすることになった。90歳近いおばあさんが一軒家に一人で住み、車の運転もすることに、私は驚いた。グランマの足取りは弾んでいた。湖のほとりで、孫息子とのツーショットを撮ってくれと、私にカメラを手渡す。以前公園で拾ったというカメラに、ちゃっかりと自分の名前ラベルが貼ってあった。「どこかに忘れてきても、見つかるようにね」
 
グランマは紅茶党だった。味というよりは、再利用できる点を支持していたと私は見ている。夕飯のあと「お茶にしましょう」と使用済みのティーバッグを出してきた。「2回使っただけだから、まだ大丈夫」
 
え?! 私はひるんだ。出がらしだと平気で言うってことは、悪気はまったくないのだろう。むしろ無駄にするまいといった気迫すら漂っていた。私は敬意を表して、薄く色づいた紅茶風味のお湯を飲んだ。
 
グランマはさらに追い打ちをかけてきた。「明日の朝もまだ行けるね」さすがに4杯目ともなると、色もほとんど出ない。何のためのティーバッグなのか、もうよくわからない。これだったら白湯が飲みたかった。「ケチ道」へのお付き合いの覚悟が私には足りなかったようだ……。
 
グランマの一人娘(私の夫の母)は、50代の若さで他界していた。私が会うことのなかった「義母」の数えきれないほどの写真を見せてもらいながら、グランマのわが子自慢大会になった。「あんなに優しくて賢い子は他にいなかったよ」
 
90代半ばを過ぎると、グランマは腰を悪くして車椅子が必要になり、やがて一人で寝起きできなくなった。家族に日常的な介護を担える者はなく、半ば強引にケアホームに入所させるしかなかった。
 
グランマの望みは、ずっと自宅で一人暮らしを続けることだった。グランマ流の解釈では、ホームで人からああしろこうしろと指図されるのは耐え難いこと。体は弱っていても、頭は達者なのである。「早く家に帰してくれ」と家族に何度も訴えたが、24時間の介護が必要となったグランマの「帰りたいコール」は誰も本気で取り合わなかった。けれどもグランマは、めげなかった。
 
「あたしは100歳の誕生日を家で迎えたいんだ!」
 
あまりにも言い張るので、「帰りたいなら自分で全部手配して」と家族は突き放した。すると本当にやってのけ、自宅に戻ってしまった。ものすごい執念である。たとえ介護を受ける身でも、自分が司令塔でありたかったのだ。
 
ささやかな「野望」もあった。無料や割引が大好きなグランマには、誕生日に年齢分の割引をしてくれる、お気に入りのレストランがあった。98歳で98%引き、99歳で99%引きの食事をし、「こんなにいいことはない」とはしゃいだ。家に帰りたがったのは、このレストランで100%割引を利用したかったからじゃないかと、私は密かに思っている。
 
家族が心配したのは、体だけでなく、お金のこともあった。24時間の介護ヘルパー代はけして安くない。しかしグランマは徹底的なケチぶりで、実はかなりのお金を貯めていた。その貯金が役に立った。
 
それでも最後は家族の勧めで、費用が抑えられるケアホームに入居した。ダメ元でグランマに打診すると、まさかの快諾。グランマも丸くなったものだとみな驚いた。例のお店で100歳のお祝いをして、もう町の中に思い残すことはなかったのかもしれない。年初には引っ越しを済ませ「余生」に入った。
 
そうして迎えた春のはじめ、グランマは眠るように静かに旅立った。最後まで頭の回転は衰えなかった。はからずも亡くなる前の日に、夫の妹がグランマを訪ねていた。二人は部屋で一緒に夕飯を摂った。スープの具材を孫娘に分けて、グランマは汁だけを飲んだという。
 
シカゴから届いたフクロウの置物には、さまざまな表情があった。イメージ通りの思慮深い賢者の顔つきから、ちょっといたずらっ子のようにおどけているものまで。度が過ぎてチャーミングにすら思えたケチっぷり、人生のほとんど最後までこだわった独立心。フクロウたちが多彩な表情でグランマのことを語りかけてくるようだった。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
 

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 

お問い合わせ

 


 

■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
 


 

■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)

 


 

■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00

 


 

■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00

 


 

■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168

 


 

■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325

 


 

■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事