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彼女の思い残したものは


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:倉持加奈(ライティング・ゼミ平日コース)
この文章はフィクションです
 
 
「霊媒師の、時雨さんですか?」
「はい。開店まであと7分お待ちください」
 
私は部屋に入ってきた青年に、まだ営業時間ではないと告げて手元の本に視線を戻した。
ここは占いの館。4人の占い師がいて、私は神や霊と会話ができる。
開店前にお客さんが来るのは珍しい。
普段とは違う1日の始まりに、私は嫌な予感がした。
 
時間になりましたと呟いたら、青年は部屋に入り椅子に座って俯いた。
好青年という印象だが、クマが酷く、やつれている。
 
「霊媒をご希望ですね」
「……俺の話、聞いてくれますか」
「もちろんです」
 
青年は黙り込んでいたが、意を決したように顔を上げて話し始めた。
 
「去年の春です。彼女が……」
「彼女さんがお亡くなりになられたと」
「そう、です……」
 
――……
 
彼女との出会いは大学サークルの合コンで、正面に座った彼女に心を奪われた。
一目惚れは初めてで、絶対に付き合おうと必死にアプローチした。
何度も食事に誘って一緒に楽しめる趣味を作った。
勇気を出して告白した日の彼女の嬉しそうな笑顔は、昨日のことのように覚えている。
 
とても幸せだった。
だけど、後になってから自分は普通の人間ではないと言い出した。
 
――……
 
「ごめんなさい、ちょっと……」
「はい、どうぞ」
 
唇をきつく結んだ青年にお茶を出し、流していたBGMの音量を少しだけ大きくする。
私にはすでに青年の背後に恨めしそうに立っている彼女の亡霊が見えていた。
 
「彼女に酷いことしたんです」
「聞きますよ」
 
青年は表情を歪め、俯いて続きを語り始めた。
 
――……
 
出会って3ヶ月、彼女から持病があると打ち明けられた。
聞いた事もない病名で、ずっと付き合うものらしい。
正直に言えばその辛さが分からないし、今までそういう素振りは全然なかった。
だから「そんなの気にしないよ」と伝えた。
その時の安心したような微笑みは今でも忘れられない。
 
油断すると罪悪感に襲われる。
気にしないなんて、軽い気持ちで言ってはいけなかった。
 
その日から彼女は具合の悪そうな顔をするようになった。
今まで具合が悪くても見せないでくれてたんだろう。
そう思う事で、具合の悪そうな顔をする時が増えてきたことを、気付かなかった。
 
――……
 
青年は小さく首を左右に振って黙り込んだ。
BGMだけが小さい部屋の中に響いている。
 
青年がこちらを見ていないことを確認し、私は彼女に視線を向けた。
 
『ケテ……タスケテ……』
 
彼女は同じ呟きを繰り返しながら、苦痛と悲しみに歪んだ瞳で青年を見詰めていた。
未練があって離れられないようだ。
私が彼女だけに『大丈夫です』と伝えたら、視線が私へと移る。
 
『タスケテ……タスケ……』
『伝えてみます』
 
彼女の強い想いが私に向き、少し圧倒された。
この未練を取り除けば成仏するだろうか。
 
「彼女の伝えたい事をお話しします」
「え、でも、俺はまだ……」
「大丈夫です、彼女は……」
 
青年は立ち上がってテーブルに両手を叩きつける。
恐怖と焦りからの行動とは理解できたが、私は突然のことに驚き動けなくなった。
 
「俺は見捨てたんです、俺はあんなに追い詰められてるって、気付かなかった! おかしかったんですよ、あの頃ずっとおかしくて、死にたいとか言うようになって、俺は……俺は何度も言われる、その『死にたい』って言葉に、俺はあの日、返信しなかった!! たった1回のその言葉に、俺は何度も言われて、また言ってるって……」
「落ち着いてください」
「それから連絡もないし電話も繋がらないし、俺は心配になって、家に行ったら……、分かりますか!? 久しぶりに対面した彼女は……警察の薄暗い、寒い春の夜ですよ!? 薄汚れた毛布1枚に包まれているだけ! 顔だけ見せられて、『本人ですか』って……どうして、どうして後悔せずにいられるんですか!!」
「落ち着いてくだ……」
「誕生日が4月って聞いて、こっそり用意した指輪を、俺はどうして、何の反応もない、返事すら聞けない彼女の亡骸に向かって! ……力のない彼女の左手の薬指が……プロポーズした俺の気持ちが!! どうして、どうして……何回も言われていた……たった一回の、『死にたい』って言葉を……俺は……」
 
青年は胸の内に秘めていた感情を叫び切ったのか、大粒の涙を落しながら力なく椅子に崩れ落ちた。
鼻をすする音を立てながら俯いている。
 
「あの日から、眠れなくなりました……眠っても、悪夢ばかりで……睡眠薬に頼ってます……就活もうまくいかない……友人に、彼女に呪われてるから、眠れないんじゃないかって……なにも上手くいかないんじゃないかって言われて……」
「えぇ、そうですね」
 
私はもう一度、青年の背後に立っている彼女に視線を向ける。
彼女は眉間に皺を寄せて青年に手を伸ばした。
両手は青年の首に触れ、形や感触を確かめるように指先を動かす。
左手の薬指には指輪が嵌められていた。
 
私は、彼女が言いたい事を青年に伝えることにした。
 
「彼女は確かにいます。貴方の背後にずっと立ってました」
「……!」
 
その瞬間、青年の表情は恐怖で凍った。
後ろを見たいのに怖くて出来ないのだろう、目を大きく見開いて正面を凝視している。
その間に彼女は青年に顔を寄せ、横目で彼の表情をジッと睨むように見つめた。
タスケテという言葉は繰り返されている。
 
「落ち着いて聞いてください。彼女は貴方に、悪いことはしていません」
「え、今……なんて……?」
 
青年は理解できないのか、恐怖の表情が歪む。
彼女も青年の様子が変わった事で私へ視線を移した。
 
「貴方の事が心配でここにいます。夜も眠れず、就職活動も上手くいっていない事が気がかりで、貴方の事を助けて欲しいと私に言っています」
 
青年は理解できたようだ。
まるで気配に気付いたかのように、顔を彼女の方へと向ける。
 
「持病の具合が悪かったそうです。そこに、卒業論文が上手くいかないこと、進路の悩みなど、辛いことが重なったと言っています」
「知って……ました」
「貴方と出会う前から、自ら命を絶とうと何度も繰り返していました。精神も病んでいたそうです」
「知ら、なかったです」
「私の意見ですが……何度も『死にたい』と言われ、そのたびに貴方は傷付き辛かったのでは?」
 
彼女は青年から離れ、私に近付く。
最初に見た時よりも落ち着いていて、繰り返していた言葉も止んでいる。
 
「彼女は愛してくれてありがとう、と言っています。人らしい幸せは自分にはないと思っていたと。そして、貴方を不幸にしてしまったと自分を責めています。霊の私では貴方を助けられないと、強く訴えかけられました」
「俺が心配で、そばに……」
「そうです。貴方には幸せになって欲しいそうです。貴方から幸せをたくさん貰ったのに、貴方を不幸にしたくはないと言っています。貴方の不調は、貴方自身の罪悪感からくるものです」
 
青年は重荷が降りたように体の力を抜き、悲しそうにまた涙を流した。
 
「俺、幸せになる……世界一の幸せ者になるから……」
 
この言葉は彼女に向って言ったのだろう。
彼女を取り巻いていた暗い雰囲気が消え、穏やかな表情で微笑みを浮かべた。
左手薬指の指輪を外し、『ありがとう』と言って消えていく。
彼女が天に還ったと告げたら、青年は手で顔を隠し、しばらく泣き声をこらえていた。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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