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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ptarojr.(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
「うまい、はやい、やすい」
 
このキャッチコピーは、築地に創業した牛丼屋さんのためのものではない。そう思うようになったのは、最近通っている某ヘアサロンのスタイリストさんとの出会いからだ。
 
私は、長年に亘り、同じヘアサロンに通っていた。上京をきっかけに通い始めた美容室。トレンドの最先端と呼ばれる東京のおしゃれな街に、堂々と店舗を構える名店だ。兄の知人ということで紹介してもらった担当は、テレビや雑誌で華々しく活躍されているスタイリストさんだった。私が通い始めた当初から予約をとるのは困難で、今では紹介すら受けていないという業界の大御所さんだ。
 
世間知らずだった私は、兄から教わったその方の個人のメールアドレスに、気ままに連絡して予約を入れていた。厳密にいうと、その方が時間の調整をして何とか予約を入れてくださっていたというのが正しい言い方だろう。同郷の訛に親近感を覚えてくださったのか、兄の近況を交えた何気ない会話に郷愁を感じさせたのか。トップスタイリストは、田舎者の私のお願いをいつも快く受け入れてくださった。
 
何度か通うことで、その方のアシスタントさんのみならずサロンスタッフの皆さんが、気さくに話しかけてくださるようになった。そして私も、いよいよその方の知名度と大人の事情を理解できるようになってきていた。予約は2カ月以上前に入れるか、直前で入れ込めそうな日時を先に伺うかのいずれかにして、施術当日はいつもより多めに手土産を持っていくようになっていた。私は単純にその方が好きだったのに、確実にその方を取り巻くスタッフを意識していた。
 
年を重ねるにつれ、アシスタント陣がどんどん自分より年下になってきた。ウェイティングに通され、雑誌を渡され、私はこの方からこんな雰囲気で見られているのだということを知る。大好きなスタイリストの施術に行き着くまでに、現れるさまざまなアシスタントさん。一人ひとりに合わせて考えて話をする。シャンプーの力加減を聞かれて、「強めでお願いします!」と初めて伝えるようにいつも同じ答えをする。
 
勉強はできなくても、無駄な記憶力だけは良い私。彼ら彼女らと交わした会話や状況は、細かく覚えている。前回どのような服装を着ていたかまで鮮明に蘇る。アシスタント陣からすると、私は来店する多くのお客様のうちの一人。大好きな人にたどり着く前までに味わう不思議な片思い感。
シャンプー後の髪から滴る雫がクロスの色を変えていく。ぽたぽたと流れ落ちる度に、そこはかとない寂しさが募っていた。そして、濡れた髪が自然に乾いたころ私は思った。
 
「ヘアサロンを変えよう」
 
兄の知人であるトップスタイリストのことは大好きだけど、スタイリストである必要はない。それから、私のヘアサロン探しの旅は始まった。何店舗かを楽しんだ後、たどり着いたのは地元のサロンだった。
 
路地裏の特に主張もない建物の2階に佇むサロン。初回は電話で問い合わせをしないといけないくらい迷う場所にあり、看板も出ていないサロン。予約サイトに書かれていた案内も、実に分かりづらい。ようやくたどり着いた先で待っていたのは、女性のスタイリストだった。年のころは私と同じくらいと言ったところだろうか。
 
「どんな感じにします?」
初めてだからイメージを明確に伝えられた方が良いと思い、たくさんスナップを用意していた。2、3枚見せたところで「はいはい、色は?」と聞かれた。「明るすぎない、アッシュが良いです。このくらい。そしてすぐ伸びるので、先ほど伝えた髪の長さやシルエットも実は特にこだわっているわけではありません」交わした言葉はこのくらいだろうか。
 
そこから彼女のステージが始まった。着席するなり雑誌閲覧用のipadを渡されてはいるが、見る暇は与えられないくらいお話が止まらない。弾む会話以上のテンポで、シャンプー、カット、ドライ、スタイリングが済まされていく。今まで通っていたサロンが奏でるのが交響曲だとすると、彼女のそれはとてもポップなCMソングのようだ。短いけど、耳に残る印象的なリズム。たった一度の施術で、私はすっかり心を奪われた。
 
予約時間より少し早く到着してしまったある日。ジム帰りでもあったので、シャワーを浴びてきたことを伝えると、「シャンプーはいいか」となった。そして、見事な手さばきでスタイリングまでが行われた。ものの数分。全行程が、実際の予約時間より早く終わっていた。求められた金額も破格。夏目漱石の紙幣を数枚しか渡していない。これには驚いた。
 
調子に乗って次はカット、カラー、パーマを選択してみた。オープン直後の時間に予約して、夕刻終了を見据えて、次の予定を入れた。その日は、ちょうどお腹が空いてきた時間に全行程が終わっていた。近くのカフェでゆったりランチをしてもまだ時間が余ったので、一度家に帰り夕飯の仕込みを済ませた。その日も財布から夏目漱石先生が数名お出まししたまでだった。
 
省ける施術は何の迷いもなく省略し、トリートメントなどの追加施術やスタイリング剤やシャンプーなどの商品も勧めてこない。
 
ある日「オーナーに怒られないの?」思わず聞いてしまった。「いや……。むしろ好かれていると思いますよ」彼女は答えた。「初めに入ったサロンでとにかくはやく終わらせろ!と教えてくれた先輩がいたのですよ。最初のころは私も分からなかったけど、今では納得していて、できるだけはやく終わらせることを意識しているんですよ。お客様の時間を奪っているわけなので、はやい方がいいでしょう」にっこり笑うのである。
 
違う、違う。あなたは仕上げの全貌までを瞬時に描くことができるから迷いがなく、技術が備わっているからはやく終わらせることができるのだ。きっとその能力は習得するまでに努力を重ねてきたのだろう。それに時間を奪われているという感覚は、多くのお客様にはないのではないか。
 
牛丼屋さんが、“旨い、早い、安い”であれば、あなたは“上手い、速い、安い”の一言に尽きる。速さ支える努力は語らず、身につけた知識や技術は一切自慢をしない。彼女のひたすら謙虚な姿勢に、どんどん魅了されていく。
 
仕事の速さはサービスの一つだ。ただスピードが速いだけでは感動は覚えないが、3拍子揃った仕事は心地よく心を弾ませ、ひと月に何度でも通いたいと思わせる。きっと彼女は今日も多くのお客様の対応をしていることであろう。私は、神業と彼女に会いたくて明日の予約を入れた。
 
私の行いは、どんなリズムを奏でているのだろうか。美しい3拍子が揃っているだろうか。心地よいリズムだろうか。彼女と出会ってから、素敵なキャッチコピーを探している自分がいる。“上手い、速い、〇〇〇”できることなら、スピード感があり、第三者から上手いと言ってもらえる意味がある〇〇〇を見つけたいとまで思っているくらいだ。
 
東京の下町にあるヘアサロン。そこは至極の3拍子が揃ったとても心地の良い極上空間だ。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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