fbpx
メディアグランプリ

結局、最後はひとりだから。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:森真由子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
ガシャーン。
 
え? ……。
 
一瞬の出来事で、何が起きたのか分からなかった。
状況を理解するための頭が追いつかなった。
背後を振り向くと、母も、父も固まっていた。
 
冷蔵庫の中に手を入れたまま母は、動けないでいた。
音がした床に視線を向けると、茄子の田楽が落ちていた。
奇跡的に田楽を塗った面は上を向いていた。まるで誰かが意図的にそこに置いたかのよう。
 
先程のガシャーンという音は、お皿が落下した音のようだった。
白い円が逆さまになってテーブルの下に転がっていた。
だけどこちらも奇跡的に割れていなかった。
 
「何があったの?」
静寂を破るように、私は思わずこう聞いていた。
その間、父はささっと茄子とお皿を手で拾い上げ、何もなかったかのようにコンロの横においていた。
白味噌が塗られたその茄子は、白いお皿の上に前からそこにあったと錯覚してしまうほど、見た目は無傷に見えた。
誰かにそれを差し出したら、落としたことなど疑いもせず、美味しそうに口に入れてしまうかもしれない。
 
「腕に力が入らなかった」
そう母は、ぽつんと言った。
普段からあまり表情が豊かでない彼女は、いつも以上に無表情に見えた。
だけど、私の目には微かな陰りが見えたような気がした。
 
これは、親の「老い」を感じた決定的な瞬間だった。
思えば、前兆はあった。
 

 
数週間前に母は瓶を開けようとして、蓋を回していた。
ちょっと固かったようで、何回か回そうとしても開かなかった。
思いっきり力を入れた瞬間、瓶は開いた。しかし、それと同時に肘に痛みが走った。
医者に見てもらったら、日頃あまりにも腕を動かさなかったからだね。急に動かしたことで痛めてしまっただけ、だと言われた。
母が医者からもらった湿布は、なんとも頼りなさそうにテーブルの上に置いてあった。
 
専業主婦である母は、変わらず洗濯したり、料理をしたりしていた。
今までとは何も変わらないのだけど、痛みはずっとそこに居座り続けているようだった。
 
家族は心配しつつも、そのうち治るだろうと思っていた。
そこで起きた茄子の田楽落下事件。
母は、親は、着実に老化していっていた。
 

 
20代後半になっても、私は実家に居座り続けている。
職場が実家から近い。近くてこれほど好条件な物件はなかった。
親もお金が貯まるし、家にいればいいじゃない、といい歳したアラサーの娘を嫌な顔せず居候させてくれている。
一人暮らしをしている人は、ちゃんと一人で生活をしているから本当にすごいと思っている。
大人なのだから私も自立しなければ、と思いつつも本当はそんなに焦っていなかった。
案外、私の周りには実家暮らしの人が多かった。だからまだ実家に住んでいること自体、そんなに変だと思っていなかった。
 
仕事から家に帰れば、美味しいご飯が待っている。
着た服も、家族の分と合わせて母が洗濯機を回してくれる。
まさに実家暮らしの利点をフル活用していた。
 
家事の面倒くささを抜きにして、一人暮らしをしてみたいとは思わないのか?
自分一人の空間は欲しくないのか?
たまに一人暮らしの人からそう聞かれることがある。
 
確かに憧れはある。
だけど、本気で家を出たいと思ったことはなかった。
一人になりたければ自分の部屋でこもれる。誰かと話したければ、リビングには誰かしらいる。
テレビを見ながら芸能人に対してあーだこーだ言って、仕事で大変だったことを聞いてもらえる。
だからわざわざ一人になる必要性がなかった。
 

 
ベッドの横にある時計を見ると、間もなく夜中の1時になる頃だった。
なにやっているんだろう。
 
今日聞いたガシャーンという音。床に落ちた茄子の田楽。固まっていた両親。
あの一瞬の出来事がどうしても頭から離れなくなっていた。
壊れた機械のように、何回も、何回も、同じシーンが繰り返し頭の中を流れていた。
 
ベッドで横になりながら、真っ暗な天井を眺めていた。
情けないな。目に溜まった涙が、頬をつたって耳に入ってきた。
ティッシュで拭き取り、自分の今の気持ちを整理しようとした。
 
親は、確実に老いてきている。
毎日顔を合わせていたのに、その変化に今更気付いた。
テニスを教えてくれていた親も、バスを捕まえるために走っていた親も、どんなに元気だった記憶が強くても、体は確実に老いてしまう。
この明らかな事実を、私はなぜ向き合ってこなかったのだろう。
 
老いの先には、「死」がある。
親の命は永遠ではない。事故や災害がなければ先に死ぬ確率が高いのは親だろう。
このことに改めて気付き、急に孤独感に苛まれた。
 
今まで見えていたオアシスは、確かにそこにあった。あったはずだった。
だけど、注意していなかったばかりに、それは幻想と化した。
目を覚ますと砂漠の中一人立ちすくんでいた。
 
そんな自分が想像できた。
砂漠の中、ひとり。
この乾いた砂漠に、自分以外何の存在も感じない。
だからこそ、強烈に感じる、自分という存在。
親は親の、私は私の人生を生きなければいけなかった。
だって、結局、人は誰しも最後はひとりになるのだから。
 

 
濡れたティッシュを手に持ったまま、外を眺めると薄い雲に覆われた月が見えた。
目が霞んでいたのか、その月はやけにぼんやりしていた。
すごくすごく遠くから、あの光は問い掛けている気がした。
あなたはどう生きるの?
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
 

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 

お問い合わせ

 


 

■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
 


 

■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)

 


 

■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00

 


 

■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00

 


 

■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168

 


 

■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325

 


 

■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事