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大切な人への秘事はいけないことですか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:福田大輔(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
「もう一緒にいられないよ」
彼女はずっと泣きじゃくっていた。
 
前に付き合っていた彼女とは2年半の時を経て別れた。
 
あんなにお互い好きだって思えていたのにずっと一緒にいることは叶わなかった。
しかも別れる原因は僕にとって思いもよらないことだった。
 
彼女は年下で付き合い始めたときは社会人2年目だった。いい意味でまだ初々しさも残っていた。
 
今思うとほとんど一目惚れだったのだろう。いい歳して女の人を前にしてドキドキしていた。
 
話をして彼女のことが分かるとさらに惹かれていた。
流行ではなく、自分の好きなものを自分で見つけて探し出すところ。
であるが故に天の邪鬼なところ。
夜行バスで一人旅をしてしまう行動的なところ。
ベクトルがちょっと違う方向に向かっている女性だった。
 
付き合い始めると毎週のように色々なところへ出掛けた。
 
僕らはアートや文化的なもの、建築やデザインがお互いに好きだった。美術館からアートスポット、古民家カフェやリノベーションされた施設や古い建物に景色のキレイな場所。
日帰りで行ける場所はほとんど巡っていた。
 
付き合って2年半が経っていた。そろそろ先のことも見据えて一緒に住まないかという話をしようと考えていた。
 
だけど離れてしまった。
 
別れるきっかけになったのは僕の父方の祖母や従兄弟の話を何気なくしたことだった。
 
僕の父は川崎生まれで国籍は韓国だった。それから帰化して日本人になったという経緯がある。父方の従兄弟の家族は今でも国籍は韓国だ。僕がそのことを親から聞かされたのは小6の時だった。
 
おばあちゃん家に行って従兄弟と遊ぶのが大好きだった。そんな中で子供ながらに所々で飛び交う単語がここでしか聞いたことがなかったり、ちょっとした習慣の違いを感じてはいた。
 
他愛のない話、そう思って子供の頃の思い出話をしたら彼女が俯いて黙っていた。
いつもは笑って反応してくれるのに。
 
「何で今まで教えてくれなかったの。私どうしたらいいんだろう」
「……」
「大好きだけど付き合うとかもう出来ないよ」
 
「え?なに言ってんの?!」
「ちょっとさ、全然意味分からんのだけど」
 
彼女は親から韓国人は、あいつらはダメだ。そう言われて育ったらしい。親しくなったり、まして恋人なんて論外だと。
言い方を丸くしていたが実際はもっと強烈な言葉を親から聞かされてきたのだと思う。
 
僕も実際の話を聞いたり本を読んでいたので、そういった人がいることは知っていた。しかし、幸いに僕は今まで直接会うことも見ることもなかった。
いや、知らなかっただけなのかもしれない。
 
「だけどやっぱりダメだよ」
「ごめんね、ごめんね」
「もう一緒にいられないよ」
 
泣きながら彼女はずっと謝って、責めて、何でを繰り返していた。
 
僕は僕のままなのに、彼女にとって僕じゃなくなってしまったのだ。
 
何度も説明して説得しても届いてくれない。
ずっと泣いている。
 
アイスコーヒーの氷は全て溶けて消えていた。
 
僕は何か悪いことをしたか?
何もしてないだろう?
こんなことで終わっちゃうのか。
彼女がいなくなっちゃうのか。
……。
 
あれから喪失感がずっと語りかけてくる。
 
嫌なことがあったら出掛けるか運動するか寝るかでほとんどのことはリセットされる僕だが、引きずるに引きずっていた。
 
私の考えが間違っていた、また一緒にいたい。
ある日、そんな連絡が来るんじゃないかと期待している僕がいる。
 
誰が悪いわけじゃない。父親も自分も悪くない。彼女も悪くない、そう思いたい。
価値観は置かれた環境で構築されてしまうことが多い。彼女のこの価値観も自分の意思で作られたものじゃないはずだ。
 
そんな最もらしいことを自分に言い聞かせるぐらいしか僕には出来なかった。
 
引きずられたいのか、前を向きたいのか自分でもよく分からないまま日が過ぎていった。
 
そして1年ぐらい経ったときに再会してしまった。本当に偶然に。
 
ある展覧会を見に行った時だった。思えばこのアーティストは彼女が教えてくれたんじゃないか。
 
遠目に見える一人の女性。
ああ、かわいい人がいる。すごい好きなタイプの子だなあ。それが彼女だった。
 
並んで歩いていると彼女の左手を僕の右手に置きたくなってしまう。
 
何を話しただろうか。
はっきりと覚えているのは彼女が一人暮らしをしていたことだ。彼女は母親と実家で二人で暮らしていた。お母さんを一人にしちゃ寂しがるしと言っていた。あれほど仲が良かったのに出ていく理由は何だったのか。
 
それならオレと暮らそうよ。
そう言い掛けたが躊躇した。
 
こちらを見透かしたかのように優しく彼女は言った。
「本当に楽しかった」
「大好きだったよ、ずっと元気でいてね」
 
やっぱり彼女の中ではもう終わったことなんだな。
僕は僕じゃないままなんだな。
引きずるのは終わりにして前を向かないといけないな……。
 
それから僕は会社の同僚だった女性と付き合っている。
 
年下の彼女とどうなの? そう聞かれて話していたから、前の彼女と付き合っている時のことや別れたときのことも知っていた相手だった。
 
彼女の仕事で何かやってやろうという姿勢とそれを楽しんでいるところをすごく尊敬していた。何よりよく笑って周囲を明るくしてくれる力を持っている人だった。その力に僕は大いに支えてもらっていた。
 
今の彼女とも色々なところへ出掛けている。色々な場所に染み付いている前の彼女との思い出を上書きするかのように、二人で出掛けて一緒に過ごす時間を楽しんでいる。
 
そんな彼女に以前別れる原因となった父親や父方の家族の国籍のことは教えていないし、これからも教える気はない。
 
彼女を信頼しているとかいないとか、そういった次元の話ではない。
 
彼女は柔軟で頭もいいし、多角的に物事を見れることも知っている。僕のダメなところをたくさん受け入れてくれる度量の深さだってよく分かっている。
 
だけど僕は打ち明けようとは思わない。
 
これは大切な人には伝えなくちゃいけないことなのだろうか。そんなに重要なことなのだろうか。明かしてないことや教えてないことなんて誰であれたくさんあるじゃないか。
 
目の前にいる大切な人とこれからもずっと一緒にいたい、それだけなのに。
 
さあ、次の休日はどこへ出掛けようか。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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