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「お母さんみたいな犬」


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記事: フジ サワ(ライティング・ゼミ・日曜コース)
 
 
今年13歳になる小型犬と暮らしている。
犬種はチワワの雄、人間の年齢にすると65歳位らしい。
骨格がしっかりしている上に食い意地が張っているからか、チワワなのに5Kgを超えている。だから、人に犬種を話すときは「デカチワワ」と呼んでいる。
私の13年来の相棒だ。
 
娘が小学1年生の時だった。
お友だちのママに「うちに仔犬が来たから見においで」と誘われ、お宅に伺うと「ひゃー」と変な声が出てしまうほど愛らしい仔犬がいた。真っ白なその子はまだふにゃふにゃしていて、私は初めて我が子を抱いたときの母性が蘇って来るのを感じた。
 
「今からブリーダーさんのところに用があるんだけど一緒に行く?」と聞かれ、私と娘もついて行った。「他のワンちゃんもいるけど抱っこしたらダメだよー。連れて帰りたくなるから」と言われ、まさかと思っていたらそのまさかになった。
 
何匹かいる仔犬を触らせてくれるというので近付くと、ベージュの仔犬が駆け寄って来て私の頬をペロリと舐めた。その仔犬が、今暮らしているデカチワワの相棒だ。
頬をペロリと舐められてから1週間、考えに考えて家族になってもらう事にした。想定外なきっかけだった。
 
その後、家族の一員となった相棒だが、あまりのヤンチャぶりにかなり手を焼いた。
 
私の実家にはいつも犬や猫がいたので、犬の世話は簡単だと思っていた。
でもよく考えると、食事や散歩や細々とした世話をしていたのは母で、私は可愛がっていただけだった。
実家の犬は、夏の暑い日は庭の涼しい場所に移動し、冬の寒い日は玄関の中で寝ていた。散歩や病院に連れて行き、いつも犬のことを考え、愛情を持って環境を整えていたのは母だった。
可愛がるのと世話をするのは全く別物だという事を、私は相棒を迎え入れてから思い知る事になる。
 
わが家に来た相棒は、すぐにテーブルの脚を齧ってボロボロにした。布もタオルもボロボロにする。毎日どこかにマーキングをし、私は雑巾を持って床や壁を拭いて歩く。唸り吠えるのでドッグトレーナーにしつけのサポートをしてもらう。持病が発覚し獣医に相談に行く。
 
犬の世話は簡単じゃなかった。お母さん、あの頃何も手伝わなくてごめんね、私自分のことしか考えてなかったよ、と何十年も前の反省をすることになった。
 
そんなヤンチャぶりに悩まされた数年だったが、その後は年齢と共に落ち着いていき、今は愛らしさだけが残った。
生きてそこにいてくれるだけで温かい気持ちになる、そんな存在になった。
 
相棒に向かって、朝は「行ってきます」と言って出かける。帰宅して「ただいま」と言うと出迎えてくれる。おかしな話しかもしれないが、犬にたわいも無い出来事を話したり、ちょっとした悩みを打ち明けたりする。
 
いつもそこにいて家族を見守っている。
まるでお母さんみたいだと思う。
自分の子どものような感覚でいたけれど、見守られていたのは私だった。
 
実家に暮らしていた頃の私同様に、大学生の娘は自分の事に忙しく、犬の世話をあまりしないで可愛がるだけだ。
群れで暮らす習性の犬は、人間の事をよく観察している。自分への関心度を敏感に感じとるようで、随分と前から娘との距離感が私のそれとは違うように感じていた。
 
もう変わる事はないだろう、と思っていたその距離感がこの半年で変わってきた。
春から大学がオンライン授業になり、娘の在宅時間が増えた事で犬との関係性が少しずつ変化してきたのだ。一緒にいる時間が長いと距離が縮むのは、人間同士だけではないらしい。見ていると微笑ましく思う。
 
シニア犬なので最近は寝てばかりだが、誰かが側にいてくれるのは安心する。
それは、年老いた母を思う気持ちにも似ている。
 
今年の1月に成人式の式典に行き、相棒と出会うきっかけを作ってくれたママ友に会った。
お互いの娘の晴れ姿を褒め合った後、愛らしい真っ白だったあの子が去年旅立った事を知った。1年たつけど、心にポッカリ穴が空いたままだと言っていた。
「残りの時間を大切にしてね」
12年間一緒に暮らした家族を見送った、染みる言葉だった。
「ありがとう」
デカチワワの相棒に出会えたのは彼女のおかげだ。
 
頬をペロリと舐められたあの時は、こんなに長い時間を共にするとは思ってもみなかった。
 
あれから13年、色々なことがあった。
小学生だった娘は大学生になった。私も、泣いたり笑ったり、躓いたり立ち上がったり毎日が過ぎて行った。
そしてそこには、いつも側で見守ってくれていたお母さんみたいな犬がいた。
 
「ただいま」
今日も相棒が、寝起きでのそのそと出迎えてくれる。
 
<終わり>
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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