指折り数えられる未来
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミ日曜コース)
「きょう ぼくは ママと おとうとと おかしを いーーーーーっぱい ぬすみました」
小学校1年生の長男の宿題にがっくりうなだれる。毎週末の宿題は絵日記。いつも何を書いたらいいかわからないと嫌がる息子が、「今日は書くことがあるから!」と急かす前に自分で書き始めた。それは偉い。しかし、これでいいのか。冒頭はこれでいいのか。母の私は葛藤した。
タイトルは「おつきみどろぼう」
これは地域に伝わる風習で、中秋の名月に飾られているお月見のお供え物を子どもたちが盗んでも良いというものである。一部の地域にその風習が残されているそうだが、私の住む愛知県でもごくごく一部の地域で行われている。現在では各家庭の玄関先に駄菓子などを入れた箱を置いておき、子どもたちが「おつきみどろぼうでーす!」とお菓子を求めて町内を練り歩くというイベントになっている。つまりは和製ハロウィンである。
長男はその興奮冷めやらぬまま、日記にしたためたのである。すごく直したい。けれど、息子の表現は尊重したい。横棒の長さにお菓子の量も楽しさも凝縮されているではないか。インパクトもある。先生が読むのである。タイトルで察するに違いない。私はギリギリのところでケチをつけるのを踏みとどまった。
今年初参加となる長男はこのイベントをとても楽しみにしていた。子どもからしてみれば、町内を歩き回るだけでお菓子がタダでもらえるのである。先輩ママの言うには「リュックサックとエコバックを両方持たせた方がいい」とのことで、それを聞いた長男はお菓子の海に溺れるのを夢想し、「早く当日にならないかなぁ!」と期待に目をキラキラとさせていた。
「もう、よじになった?」
本日何度目かの時刻確認。おつきみどろぼう開始は夕方16時。今は昼の12時。
「まだだよ、夕方からだってば。 あと4時間あるよ」
洗い物をしながら答えると、ふーん、と再びソファに沈んでいった。4時間とか、全くピンと来ていないな。これはあと何回聞くつもりかね……。
ただ、考えてもみれば、今年はイベントらしいイベントがほとんどなかった。春の遠足も中止。夏の児童キャンプやお祭りも軒並み中止。運動会も人数制限をしての縮小開催。子供会の行事もこの「おつきみどろぼう」を除いて全て中止だった。あれもこれもない中で、久々の心踊るイベントである。待ち遠しくてうずうずするのも当然か。
何度目かの「もう、よじ?」のあと、長男は家を飛び出していった。監督として保護者も一緒に回らねばならない。慌てて追いかける。もはや制御不能な子ども達に引きずられゲッソリする親御さんが、あちらにもひとり。こちらにもひとり。疲れた目でそっと目配せをする。
「あった! 次はあっちの家だよ!」
「きて! こっちはジュースが置いてある!」
「あそこのお菓子はもう売り切れちゃってた!」
騒々しい泥棒達はすっかり涼しくなった秋の夕暮れに、汗だくで町内を駆け回る。走れば走るほど重くなる袋。お菓子の重みでブルブル左右に揺れながら、それでも子どもは全力疾走だ。
1時間のイベントはあっという間に終了し、帰り道はパンパンに膨らんだ袋にホクホク顔の子どもと、その後ろをゾンビのようについていく保護者たちで溢れていた。私もそのひとり。互いに黙って健闘を讃え、頷き合う。
疲れたなぁ。でも、久しぶりにワクワクしたかもしれない。
帰宅後、冷たいフローリングと戯れながらそんなことを思う。子どものペースに巻き込まれて、私も一緒に指折り数えた「おつきみどろぼう」の日。毎晩空を見上げて子どもと一緒に「まんまるおつきさま、まだかな?」って月が満ちていくのを楽しみに待っていた。1日1日、月が満ちていく度に、知らず知らず自分の中のワクワクもムクムク大きく育っていった。
秋の日のたった1時間の恒例行事は、1年の中でほんのささやかな出来事である。日の光のように強くはないし、夜を昼するほど眩しくはない。けれど季節が巡ればまた来年、ここに戻ってきてくれる。必ずまた巡ってくる。その安心感は、月の光のように、単調で少し不安な毎日をそっと照らし、優しく導いてくれる気がした。
無い無い尽くしの薄暗い今年だからこそ、気付けた優しい光。
終わらない日常に、肩の力を抜いて、ふっと一区切りの深呼吸。
ちょっと心に栄養が入った気がする。
1日の終わりにビールをプシュっとやるのもよいけれど、年に1度のご褒美旅行なんてのもよいけれど、日々の活力は案外こういうところに転がっているのかもしれない。
今日でもなく、1年後でもなく、ほんのちょっぴり先の未来。
「指折り数えられるくらいの未来」に目を向けていこう。
見上げた空は「まんまるおつきさま」が優しく笑っていた。
***
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