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釣りはレジャーじゃない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:白根 敦子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「コラーッ。俺の顔見てないで、竿の先見ろー」
船頭さんに、めっちゃ怒られた。
初めて、連れて行ってもらった八丈島の釣りツアー。総勢5人で、遊漁船に乗り込み、水深200メートルまで、仕掛けを落とす。仕掛けには、堤防釣りでよく見られるような「浮き」はない。魚が掛かったことをわかりやすく知らせてくれるものがないのだ。竿先を見て、沈み方によって、魚が針に掛かっているかを判断する。しかし、波の上下で、船がものすごく揺れる。酔い止めを飲んでおいてよかった。じっと見ていると目が回る。竿先も揺れに合わせて、海に浸かるくらい上下している。「え、これって、針に魚が掛かっているのかも?」と期待しつつ、指導してくれる船頭さんの顔を見ていたら、一喝されてしまったのだ。
なにしろ、初めての大物釣り。針に魚が掛かっているか、確かめるとすると、巻き上げるのに3分は掛かる。だから、掛かっているものを確実に上げないと効率が悪いし、確かめるためにちょっとだけ上げると、まわりにオマツリしてしまう可能性もある。(オマツリとは、他の人の釣り糸と絡まってしまい、迷惑をかけること)それで、リールを巻いてもいいのか、船頭さんの方を向いて、確認しようとしたら、怒られた。
 
いやはや、酷いところに来てしまった。こんなの学生の部活みたいだ。楽しいフィッシングとは程遠く、レジャーじゃない。船頭さんに怒られて、ムッとはしたものの、ここで放り出されたら、もちろん帰れない。船に乗ったら、船頭さんが一番エライのだ。とにかく言うことを聞いてないと、釣らせてもらえない。
あとから、振り返ると、こういう「もしかして?」と思うくらいの時は、魚は掛かっていない。仕掛けには、重り80号(300g)の重りをつけている。海の中で、それを引っ張るには、どのくらいの力が掛かるのかというと、水が物体に及ぼす圧力は、深さに比例する。水深10メートルごとに表面積1平方センチメートル当たり1キログラムの水圧が増す(約一気圧増加する)ということは、水深200メートルだと、20倍。重りの表面積がだいたい、10平方センチメートルだから、10キロぐらいの圧力と、重り自体の重さがかかる。もっとも、浮力を考慮すれば、もう少し軽いはずだが、とにかく、重たい。それが、ピンと張った細い糸から、竿先に伝わってくるので、魚が掛かったときは、「?」という疑問なく、ゴン、グーン、と竿先が沈む。大物釣りは、鷹揚に構えているべきなのだ。
 
「はい、上げて―」
船頭さんの声で、5人が一斉にリールを巻く。
 
そもそも、この釣りツアーは、よく行く五反田の魚居酒屋で、2メートル20キロのヒラマサの魚拓を見て、「わたしも大物釣りたーい」と酔っぱらいながら、言ったのがきっかけだった。居酒屋の店主は、釣り仲間を増やしたい下心もあり、気軽な風を装って、誘ってくれたのが、この八丈島ツアーだった。「とにかく、身一つで行けばいいよ」と言ってくれ、釣り竿や仕掛け(釣り針、重り、かごなどのセット)をすべて手配してくれた。それは、ありがたいのだが、わたしには、「初めては、なんでも体験した方がいい」という店主の親切だか、今となっては意地悪な理由で、手巻きのリールをあてがわれていた。もう、二度と手巻きは、イヤだ。騙された。他の4人は、電動リールで、すでに仕掛けを上げて、次の投入準備をしている。わたしは、ひいひい言いながら、リールを巻いた。
どうにか、おぼつかないが、周りのペースに合わせ、なんどか投入していたら、船首の人に「カンパチが掛かった! おい、タモタモ」と大騒ぎ。タモとは、網のことで、長い柄が付いている。慌てて、促されるままに、わたしの近くにあったタモを取り、海に入れた。カンパチを追い回すと「バカ! 頭から入れるんだ」また、怒られてしまった。魚の口に掛かっている針に網が引っ掛かりそうに見えたので、魚の尾っぽから、網に入れようとしたのがまずかった。今では、頭から網に入れるのが、当然その通りだとわかるのだが、その時は、素人考えで、尾っぽから追い回してしまったのだ。
そのあとも、いくつか、失敗をして、そのたびに、怒鳴られて。ふてくされそうな気持だったが、持ち前の負けん気で、みんなと同じように、仕掛けを投入していった。潮の流れがあるので、船頭さんの合図で、船首の人から順に、仕掛けを入れていく。なんとなくルールがわかり、チームワークというか、仲間意識が自分の中に芽生えてくるのも面白く感じた頃だった。
ゴン、グーン、と竿がしなった。わぁっと、慌ててリールを巻こうとしたら、船頭さんが「ゆっくりねっ」と声を掛けてくれた。思いっきり、力を入れて巻くと、勢いで、糸が切れることがあるのだ。とはいえ、巻こうにも巻けない。掛かっている魚が泳ぐ向きを変えた時に、糸が一瞬ゆるむ。そこを狙って、歩くくらいのスピードで巻く。徐々に巻く、ゆるんだところで、巻く、を繰り返し、力を入れて巻けるようになったところで、グリグリと巻く。手だけで巻けないので、身体ごと傾けて巻く。力を入れ過ぎておかしな体制になっているのを見て、店主たちは笑っているが、こちらは、必死だ。やっと、水面まで、見えた! カンパチだ! 船頭さんが、ギャフ(モリのような道具)で、船に引き上げてくれた。やったー! 初カンパチ。8.5キロ! これで、怒られ続けたのも、手巻きリールの大変さも吹っ飛んでしまった。
これが、大物釣りにはまった始まりだった。それから、揺れる船に乗り、時には、大雨の中、修行僧のような釣りになるが、やめられないでいる。お世辞にも綺麗とは言えない船宿の部屋に泊り、大枚をはたいているのに、坊主(魚が釣れない)になることもある。初めての成功体験とその時に出たアドレナリンの渦が忘れられないのだろう。釣り人がよく言う中国のことわざに「永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい」というのがある。図らずも、その通りで、ゴールの無い途に入ってしまったようだ。
 
 
 
 
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2020-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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