本棚の中のポラリス
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記事:大森瑞希(リーディング倶楽部)
とてもおいしいフランス料理を食べ終えた。
読んだ後、そんな気持ちになった。
前菜のスープから、パスタ、メインの肉、そして最後のデザートに至るまで全てに舌鼓を打ち、感動した時のように、その本を閉じた瞬間に訪れる幸福の余韻がたまらなかった。
その本は厚さにして1センチほどの文庫だが、気づけば1日で読み終えてしまっていたことを後悔した。
こんなにおいしいとわかっていたら、もっと舌の上で転がし、じっくり味わったというのに。
もう一度思い出深いページを開いて読み直してみようか、と思いつつも本棚にしまってみる。
他の本たちに紛れながら、それだけが北極星のようにキラキラと光っている気がして、私は思わず破顔した。
書店の平台に積まれた『きみはポラリス』(三浦しおん著「新潮文庫」)を見た時、私は一度その場所を素通りしたのを覚えている。
三浦しおんは大好きな作家だった。
それに昔の作品なのに未だに平台に置かれているということは、本屋からしてもおすすめに違いない。
普段なら絶対に手に取るはずなのに、私を押しとどめていたのは帯に書かれた文言が原因だった。
『最強の恋愛小説集』
その言葉を一読しただけでは、本の中身の全てを窺い知ることはできないが、何となく恋愛濃度の濃そうな小説である。
ものすごく甘いデザートを食べた後、胃もたれしてしまう様に、私は甘すぎる恋愛小説を読むと、しばしばそのロマンチックさについていけず消化不良になることがあり、苦手だった。
しかしである。
嫌いな味がするのだろうな、と思いながら恐る恐る読み始めると、ことのほかすっきりしている。
恋愛小説なのに、甘くない。
なのに、この切ない気持ちはなんだろう。
というより、切ない、という一言で片付けてしまっていいのだろうか。
読めば読むほど、自分の中でもっと色々な感情が渦巻いている気がするのに、上手く言葉で定義ができずもどかしくなった。
物語は全部で11編。
どれひとつとして同じ風味のストーリーはない。
ある者は叶わぬ恋に苦しみ、
ある者は想いが強すぎる故、幻を追い求め、
ある者は禁断の恋をした。
人物が違えば、愛の形も違う。
まるで、テイストの全く異なる料理を次々に出されているようだ。
そして、その一品一品がとても美味しい。
読んでいるとその時々で、心地よかったり、苦しかったり、泣けたり、ほっこりしたりして
心が忙しい。
感情のメトロノームが左右にぐわんぐわんと揺れるような仕掛けが、文章の随所にちりばめられている。
しかし、それだけではない。
料理長である著者は、私たち読者の舌が飽きないように、一品一品にある魔法をかけている。
全編に共通するその魔法は「許容」だと思う。
どの話も、ステレオタイプな恋愛に囚われておらず、
たとえどんな形の愛であっても、誰かを大切に想う気持ちは素晴らしい価値があることを読者に教えてくれる。
同性愛、三角関係、禁断の恋。
11編、どの物語の中にも、いわゆる典型的な恋人たちは登場せず、そのいずれの愛もここでは許容されている。
読めば読むほど、「あぁ、こんな恋愛もあって良いよな」「こんな関係性もいいよな」というあたたかな感慨に包まれる。
大切な人を思う登場人物たち一人一人に深く共感ができ、また、愛着が湧いた。
恋する彼らすべてに、声援を送りたくなる。
全ての物語に、彼らの感情を通して、愛そのものを肯定するかのような懐の広いムードが漂っていて、読んでいて本当に心地が良い。
著者のこの魔法こそが、本書を『最強の恋愛小説集』と言わしめている所以である気がする。
それぞれ話の中に共通する、人を好きになる素晴らしさを本書では、あたたかく描かれている。
甘いラブロマンスが読みたい方には不向きかもしれないが、恋愛小説を読むといつも「なんだかクサイなぁ……」と感じてしまいがちな胃もたれさんには、ぜひお勧めしたい。
11編もれなく全て面白いが、私の1番のお気に入りは最後から2番目の「冬の一等星」という話だ。
主人公の少女・映子と誘拐犯・文蔵(厳密には誘拐ではないのだが、結果的にそうなってしまった)との間にできた絆を描いた作品で、人を信じることの尊さを教えてくれる。
読む人によってお気に入りの話が違うかもしれないから、読んだ人同士で共有するのも面白そうである。
ポラリスというのは北極星のことである。
北を知るために、夜空を見上げ星を探すのと同じように、
好きな人を思うことで、自分の心のありかを見つけることができるのかもしれない。
ぜひ、大事な人を思い出しながら読んでみてほしい作品である。
***
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