メディアグランプリ

私の靴と世界


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:河田愛(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
私はいつも靴擦れをしながらそれを誰にも悟られないようにして生きていた。
靴擦れを庇うと歩き方が変になってしまって他人に怪我をしているのかと知られてしまうので、どれだけの痛みを感じても普段の歩き方を崩さないように少し大股の早歩きをして見せた。口角は微笑むように上げて、眦は穏やかに下げて、でも歯だけはこっそりと噛みしめているとみんな気が付かずに私のそばを通り過ぎていった。
誰かに助けを求めようとしたことがないわけではない。親に頼ろうとしたことも、友人に相談したこともあった。
 
「靴が馴染んでないだけだ、ちょっと我慢していれば靴が足に合ってくれる」
 
相談するたびにみんな口をそろえてそう言った。私が痛そうにしていると、心配そうな顔をしながら、其の実口元を面白そうに歪ませながら眺めてくるような人間もいた。そんな人たちにこちらから進んで傷口を見せることはない。
靴の方がいつか私の足に合ってくれるようになるかと待ってもみたが、馴染む馴染まないなんて問題ではなくて本当に私の足では穏やかに履くことのできないものだったらしい。しかし、私の手元にはその靴たった一足しかなく、それ以外の靴を履くという選択は不可能だったし新しいのを買おうにもお金もなく、外を出歩くことをやめようと思ってもどうしても何らかの都合で外に引っ張り出されてしまう。結局靴擦れが治る前にまた傷口を抉るように靴に足をねじ込んで歩き回るので快方に向かうことなんてなかった。
そんなことを繰り返すうちに、傷がなかったころのことなんて忘れていって隠すのが上手くなって、私に痛みしか与えない靴を憎んで、でもその靴以外を手にする手段を持たない自分を嫌って、どうしようもなく卑屈な人間になった。
優しそうな仮面をつけてその奥でほくそ笑む人間ばかりで、歩くことですら傷つくような世界を一体どうしたら愛せるのかだなんて思ってる自分が悲劇のヒロインのようで多分少し酔っていた。
今となってあの頃の自分の頭の中を覗いたらきっと恥ずかしさのあまり蒸発してしまうに違いない。ちょっと思い出した今でも赤面してしまっているのだから。
それでも、あの痛みは確かに本物だった。
今でも傷跡は残っている。1回傷ができると完全には治ってくれない。なかったことにはならなくて、ずっとうっすらと残り続ける。それでも痛みが無くなったのは、あまりにも私とはかけ離れた眩しさにあふれた人と出会ったからだ。
 
高校二年生の時、祖母が高齢で一人暮らしは心配だということで引越しをした。都会からは遠く離れた田舎で転校した地元の高校ものんびりとした穏やかなところだった。バスも電車も一時間に一本しかなくて田んぼや畑が多く、コンビニへは車で行かなければいけないようなところだったので、時々遊びに行く程度なら楽しめてもそこに住むと思うと全く嬉しくなかったが駄々をこねられるようなことでもないためとにかくいいところを見つけて楽しもうと腹をくくっていた。
夏真っ盛りの頃に引っ越しをして二学期から新しい高校に通うことになっていた。
新学期が始まるまでの暇を持て余した私は町の探索をよくしていた。だんだんと土地勘をつかみながら、私はお気に入りの場所を見つけた。祖母がよく“お社さん”と呼ぶ街の氏神様を祀った神社の裏手にある森だ。そんなに奥深くなく、光の差し込む明るい森だがあまり人が訪れることはなく静謐な雰囲気の漂う杜だった。私はそこで本を読んだり、ちょっと歌ってみたりしたりしていた。
そんな風に私が自分の好きなように過ごしていた時に、彼が現れた。龍司という名前の同い年の男の子で、神社の跡取り息子だった。ひょろりと背が高くて、優し気な表情が印象的な人で、真黒な髪の毛に白い肌が眩しく見えた。
はじめは見知らぬ同年代の少年に戸惑っていたけれど、彼の柔らかい声やよく笑う口元にだんだん緊張が解けてそのうち私たちはよく一緒に遊ぶようになった。
不思議な人だった。彼と一緒にいると息苦しさを感じることがなかった。
儚げに整った容姿、落ち着きを与えてくれる雰囲気に明るく陽気な一面も持ち合わせた彼に好意を寄せるのにそんなに時間は必要なかった。私は初めて恋をした。
彼を思うと心がふと軽くなって、眠る前は瞼の裏に彼を描いてみる。彼に呼ばれたらドキドキして、彼のためなら一昼夜でも駆けていけそうな気がしていた。生まれて初めて知った雲の上にいるようなふわふわとした気持ちを私はくすぐったく感じながら歓迎した。
9月になって学校が始まり、新しい友達もできた。彼とはクラスは違ったが変わらず仲良くしていた。そしてなぜか彼はいつも私が痛みを感じたらそばに現れて手を握ってはいろんな話をしてくれた。この時に私の傷は少しずつふさがり始めていた。悟られないようにしていた場所に彼だけが気づいて触れて、そして優しく治した。
私は頼ることを覚えて、弱さを見せる安心感を知って思ったよりも優しい世界を見た。私はそこから胸の痞えがなくなっていくのに気づいた。卑屈な気持ちが薄れて、自分を少し肯定できるようになって、友人が増えた。将来進みたい道も見つけて大学受験も全力で頑張って結果もついてきた。
高校卒業式の日に龍司に高校二年のころから好きだったとも伝えた。彼は驚いたように目を見開いて、その後にちょっと微笑みながら制服の第二ボタンをとって私の手に乗せた。
「ごめんね。君にはボタンしか渡せない」
それだけ言って彼は私に背を向けて去っていった。私は止めようとはしなかった。ただボタンだけを握りしめて、家路を涙で歪ませながらゆっくり歩いた。
後から聞いた話では、彼には親同士で決められた許嫁がいたらしい。一体いつの時代の話だろうと思わないでもないが彼の家は神社だしそんなものなのかもしれないと納得していた。それでもなかなか彼の面影は消えてくれなくて、大学で上京して三年たってもろくな恋愛ができなかった。どれだけ素敵な人だと思っても、龍司を重ねて足りないところを見つけてしまうのだ。
いい加減にそろそろ龍司から卒業するべきだと思っても、今の私が私であるのは彼のおかげなのでどうしても忘れることができなかった。
傷の治し方も、靴のよさも、新しい靴を選ぶ方法も教えてくれたのは彼だった。靴を履いて外を歩くことが、この世界が、恐ろしいことではないと私が思えるのは……。
 
だからダメなんだよ、人に助けられたなんて思ってちゃ君はまだ君を信じてないんだよ。歩き出したのは君の足で、その選択をしたのはほかでもない君自身なんだよ。
 
私は誰かに背を叩かれながら、そう言葉をかけられたような気がして振り向いた。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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