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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
その電話が鳴ったのは、お昼休みも終わろうという時だった。
会社の食堂で昼食を済ませ、自分のデスクに戻ろうとした時、携帯に見知らぬ番号の着信。
誰だろうか。
 
半月ほど前に育児休暇から復帰したばかりの私は、真っ先に保育園だろうかと考える。1歳の息子は早々に保育園の洗礼を浴びていて、頻繁に熱を出す。また、お迎えコールだろうか。つい先日も休ませてもらったばかりだ。困った。仕事はどうしようか。悶々としながら、電話を折り返した。
 
「お嬢様の携帯ですか?! お父様が救急車で運ばれました!」
 
電話の向こうの慌てた声に、手が震える。電話は父の同僚の男性からだった。
何かの冗談だろう? 父が倒れただって?
 
「病院まで来ていただけますか?!」
 
頭は真っ白だった。会社の人が落ち着いてタクシーを手配してくれ、夫とも合流し、とにかく病院へ急いだ。先に着いた大学生の妹が半泣きで座っていた。母はもう他界している。子どももまだ小さい。私は復帰したばかりだ。どうすればいい。そればっかり考えていた。
 
病名は脳出血。
命に別条はない。手術も必要ない。左半身に麻痺が出るだろう。脳にダメージがあり、認知症のような症状がでるかもしれない。入院が必要です。リハビリが必要です。
医師の淡々と説明する声が頭でグルグル回っていた。
 
その後の6ヶ月間、父は療養とリハビリで入院生活を送った。やはり左半身には麻痺が残ったが、補助具をつけ、杖を使えば自力で歩く事ができた。体が不自由になった父は誰から見ても大変そうだったが、家族の一番の問題はコミュニケーションの方だった。
 
父と私たち姉妹は仲の良い家族だったと思う。娘2人がディズニー旅行を計画していたら
「えぇ! ずるい! パパもディズニー行きたい!」
と言って無理やり付いてきた挙句、サングラスにポップコーンをぶら下げた姿で1人でアトラクションに乗っちゃうくらい、父はお茶目な人である。おかげさまで、姉妹は特別反抗期らしいものもないまま大人になった。
 
ところがである。
倒れてからの父は、すっかり笑う事が減り、時間ばかり気にするようになった。入院時から懸念していたが、退院後それは全て家族に降りかかってきた。
 
「リハビリは何時からか」「送迎は何時か」「ご飯は何時か」「妹の帰宅は何時か」
 
とにかく気になるらしい。ひどい時には10分おきに確認する。忘れているのではない。不安になって、何度も確認するのだ。病気の後遺症だとわかっていても、家族へのダメージは大きかった。体が不自由な事よりも、人が変わってしまったような父の姿が堪えた。孫の話をしても、あれだけ好きだったディズニーの話をしても、時間が気になっているとまともに会話が続かないのだ。
 
すると、私は子育てと仕事を言い訳にして、実家から足が遠のく。会いたくない。がっかりしたくない。冷たいように聞こえるかもしれないが、元気だった時を知る娘には耐えられないものがある。
 
けれど、しばらくすると気になって、ケーキを持って行ったら喜ぶだろうか、運動会の写真でも渡したら会話が弾むだろうか。今度は行くための言い訳をたくさん考える。
 
そんな事を6年繰り返している。未だに最善の解決策は見つからない。
 
まるで未知の星を目指すロケットのようである。
周到に準備をし、計画を立てる。今日の父の予定は何だったか。ヘルパーさんが来るのは何時だったか。配食のお弁当が来るまでに何時間あるか。父が気になる事が1つでも少ない時間帯を選ぶ。そして、いま私の心の余裕があるかどうか。
 
発射前に、ひとつひとつ丁寧に点検する。
 
よし、ぬかりはない。
 
久しぶりに訪れた実家で、父のはにかんだような笑顔が迎えてくれた。話題づくりにと持って行ったゲームでムキになって孫と勝負している。なんだ、お茶目なところも残ってるじゃん。一瞬しか顔を出さないけれど、確かに父は父のままなのだと安堵する。
 
今日は来て良かった。出発を諦めなくて良かった。
 
親子とは面倒なものだと思う。良い時も、悪い時も見えない力で引き合っているのだ。月と地球みたいに。私と父とは、今ちょっと距離が離れてしまったのかもしれない。これだけ備えても、予期せぬ突風で失敗に終わる事も多い。
 
ただ、この6年の間に、私も学習してきた。
あちらの星への到達率もわずかながら上がってきている。
 
週末、天気は快晴。
赤い軽自動車のエンジンに点火する。
 
5・4・3・2・1 リフトオフ!
 
 
 
 
***
 
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2020-10-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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