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そのスープはおばちゃんにしか作れない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:クヌギヤマナオコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「あー、おばちゃんがいてくれたらなー」
そう思うことがしょっちゅうある。
 
私は40歳だ。
自分がおばちゃんではないか、と言われるかも知れないが、それはこの際関係ない。
私が言いたいのは、おばちゃんという存在にそばにいて欲しいということだ。
何というか、おばちゃんを求めているのだ。切実に。
 
今、私は若者だらけの職場で働いている。
数えてみたら、37人のうち40代は私を含めて4人、30代が14人、残りの19人が20代という構成で、さらに平社員の40代は私だけなので、私はもう何をやるにも最年長みたいな感じで働いている。
学生時代から後輩とつるんでいた私にとっては、それはそれで気楽だし、業務的にも有給休暇やフレックスが取りやすい職場だから良いのだが、メンバーにも環境にも恵まれている私に足りないものがある。
 
おばちゃんだ。
 
私は数年前まで、ずっと生命保険の営業所で働いていた。
いわゆる生保レディがいっぱいいる事務所で、契約書の処理やらお客さんからの電話対応やらをする事務員だった。
生保レディたちの平均年齢は約60歳、私からするとまごうことなきおばちゃんだった。
毎日毎日、おばちゃんたちとワイワイやっていたのだが、それはそれで大変な日々だった。
営業所なので毎日朝から開けるのは当たり前だし、事務員は基本ひとりでその事務所を担当するので、有休やフレックスは聞いたことはあるけれど使っている人はいない、という幻の制度だった。
 
そんなバタバタと忙しい毎日を送る中で、私はピンチに見舞われた。
父親が病気になって、入院・手術をすることになったのだ。
母親は、それ以前からこれもまた病気で諸々の手配ができない。兄弟はいない。
私はひとりで何もかもやらなくてはいけなくなった。
 
初めての大病に茫然自失の父親と、認知障害もあって状況が理解できない母親、二人の前では冷静にふるまいながら、仕事の合間に病院を探したり親戚に連絡をしたり、精神的にも肉体的にもハードな状況で、これはまずいと判断した私は、職場の上司に事情を話し、手術が終わるまで休みをもらうことになった。
決められた日以外に休みをもらうなんて、初めてのことだった。
 
幸い、父親の手術は成功し2週間で退院できた。
私も仕事に復帰することになったが、父親はこれからも通院での治療が続くし、病気の再発も不安だしで落ち着かない気持ちのままだった。
母親の認知障害も、ショックのために一段階進んでしまい、私が娘だと上手く認識できない日もあったりで、私の気持ちはかなりどんよりとしていた。
 
そんな気持ちで復帰の日を迎えた私は、重たい身体に鞭打って事務所のドアを開けた。
 
「クヌギちゃん!」
 
びっくりした。ひとりのおばちゃんが走ってきて私の手を握ったのだ。
 
「おかえり、お父さん手術したんだってね。大変だったね……」
 
言葉が出てこなかった。
突然触れたその手の感触に、涙が出そうになった。
やるべきこと、冷静に考えて決めなければならないことが多すぎて、泣くということも思いつかないくらい自分が張り詰めていたんだと分かった。
おばちゃんは、しばらく私の手を握っていてくれた。乾燥した手がとても温かかった。
 
そのおばちゃんだけではなかった。
その日以来、何人ものおばちゃんが私に声をかけてくれたのだ。みんな揃いも揃って他の人がいないときにこっそりやってきては、自分の話をしてくれたのである。
 
ある人は、「私も実は何度も大病をして、何回も手術をして何度も死ぬかと思ったけど、今はこんなに元気で保険だってバンバン売っちゃうよ!」と笑って言った。
 
またある人は、「うちも、私が中学生のときに父親が病気してさ、その時は不治の病って感じだったからもう絶対ダメだって思ったけど、40年経った今も生きてるからね!」と言って出かけていった。
 
別の人は「私も、子どもが小さいときに両親とも病気になってね、別々の病院に入院してたから、保育園と病院2つをひとりではしごしてて、何で自分だけって思ったときもあったの。でも、何とかなったからね。クヌギちゃんも大丈夫よ」と話してくれた。
 
私は当時30代の前半で、同年代の友だちではまだ私と同じような体験をしている人は少なく、親に何かしてもらうことの方が多いような、どちらかというと「娘として甘えてあげるのも親孝行だよね」的なポジションにいる人が多かった。
 
両親のことを友だちに話すと「えらいね」とか「頑張ってね」と励ましてくれたのだけど、その言葉に私はほんのちょっと違和感を覚えた。それは、何かをさりげなく避けているような気配があったからだ。
 
避けていたのは多分「大丈夫」という言葉で、でも多分それは無意識で、要するにみんなにはまだ「大丈夫」と言えるだけの経験がなかったということだと思う。
「無責任に大丈夫とは言えない」という無意識の思いがあって、きっと誰も口にすることが出来なかったのだと思う。
 
誰も悪くないのだけど、それが私には「大丈夫かは分からないけどえらいね」「大丈夫かは分からないけど頑張ってね」に聞こえて少し辛かった。
私が一番こわいのは大丈夫じゃないことで、誰かに「大丈夫だ」って言って欲しかった。
 
そんな中、大変なことを経験済みのおばちゃんが目の前にいること、その人が笑っていること、「大丈夫よ」と言ってくれることが、本当に私を勇気づけた。
大変でも何とかなる、きっと大丈夫。
そう思えたのは、間違いなくおばちゃんのおかげだった。
 
おばちゃんの「大丈夫」は栄養たっぷりのあったかいスープだ。
何だか知らないけど、やたらとあったまるスープで具もいっぱい入っている。小娘にはどうしたって真似できない旨味がぎゅっと詰まっている。
私はそれをみんなから飲ませてもらって、あの日々を乗り越えた。
あのスープがなかったら、私の心はすっかり凍えてそのままポキッと折れてしまっただろう。
 
今、私の周りにおばちゃんはいない。
あの時のピンチは乗り越えたけれど、今だって問題は山積みだ。
むしろ40代、人生はどんどんリアルになっていて、心細くなることも現実を見たくなくなることもいっぱいある。
もう、嫌だ! と全部をぶん投げたくなったとき思うのだ。
「あー、おばちゃんがいてくれたらな……」
根拠がなくてもいいから、おばちゃんの「大丈夫」が聞きたい。もがくようにそう思う。その気持ちは切実だ。
 
でも、その一方で「ああ、今私はスープの素を作っているんだな」という不思議な気持ちにもなる。
こうやってもがく時間が、きっとスープの味を濃くしてくれる。
しんどいけど、これがいつか「おばちゃんのスープ」になるのだ。
そのときには、目一杯相手を温めたい。
きっと、温まった相手を見て嬉しくなるのは私だろう。そんな気がするのだ。
 
おばちゃんたちが飲ませてくれたスープだって、大変な経験がその素になっている。
大変なこともおいしいスープになるならば、無駄じゃない。
むしろ、何の経験もない小娘のままではスープなんて差し出すことも出来ないのだ。
 
人を温める抜群においしいスープを作れるようになる、それがおばちゃんになるということならば、おばちゃんになるのも悪くない。
早く一人前のおばちゃんになりたい。そうして笑って、いつか私がしてもらったみたいに誰かをしっかり温めたいと思うのである。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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