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ブロマイド


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:エルコンドルパサー(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
※この作品はフィクションです。
 
「いらっしゃい」
店に入った和巳にかけられた声は、小さな店でもやっと聞こえるくらいの大きさだった。声の主は、この店の主人であろうか。一人の小柄な老女が、店の奥の上がりで色ボケた紫の座布団に座っていた。その手にはくすんだ素焼きの湯呑が握られている。
 
赤と白で描かれた炭酸飲料の看板。たっぷりと霜のついたアイスの冷蔵庫。懐かしい気持ちに誘われて和巳が入ったこの店は、今やもう見かけない、昔ながらの駄菓子店のようだった。
 
いかにもなお店に、いかにもなおばあさん。店の大きさは三畳程だろうか。両脇の棚には所狭しと見覚えのある駄菓子がならんでいる。なんとなく、甘酸っぱい香りで満たされている感じがする。そして駄菓子の合間をぬう様に天井からのびた紐の先には、大昔のアイドルやプロ野球選手のブロマイドが垂れ下がっている。
 
「何にしますか?」
のんびりとしたおばあさんの声にうながされて、和巳は子供の頃好きだったお菓子をいくつか選び、そしてアイドルのブロマイドも買うことにした。カバーに描かれているのは知らない人ばかりだけど、これだけ古そうな店の商品だ。もしかしたらお宝が眠っているかもしれない。
 
「450円になります」
大人買いをしたつもりだったが、まさか500円1枚で収まるとは思わなかった。子供の頃の野望は、意外にもあまり膨らまなかった様だ。それでも一杯になったビニール袋を下げて、和巳は店を出た。
 
店を出て、駅の方に向かいながら、3個入りのガムを開けて一つ口にいれる。とてもすっぱいレモンの味が口いっぱいに広がった。どうやら一発目で「当たり」を引いたようだ。思わず口をすぼめながら、和巳はブロマイドを開けてみた。中からはセーラー服を着たアイドルが出てきたが、やはり自分の知っている顔ではなかった。名前を確認しようと裏返した和巳は、驚いてガムを噛むのを忘れてしまった。そこには小学生の頃の和巳の初恋の人の名前が書いてあったのだった。だが、彼女がアイドルになったなんて話は聞いていない。
 
「おや。どうしました?」
急いで戻った和巳を見て、おばあさんは何事かといった感じで静かに聞いた。
「あの。これ……」
「ああ。誰が出ましたか?」
「いや。初恋の人が……」
「あら。初恋の人は中々出ないんですよ。表面がラミネート加工でキラキラしているでしょ。」
「これ、一体何なんですか?」
「ブロマイドですよ。出てくるのはアイドルじゃないですけどね」
おばあさんはこれまでと変わらずのんびりと、和巳の質問に答えた。おばあさんによると、どうやら、このブロマイドには買った人がそれまで出会ったことがある人が出てくるらしい。
 
「まだ、このブロマイド売っていますか?」
「ええ、残っている分ならお買い求めいただけますが」
「じゃあ、残っている分を全部ください!」
 
結局、和巳は店にあった46枚のブロマイドを買った。家に帰った和巳はドキドキしながら袋を開けていった。一つずつ確かめていくと、小学校6年生の時の担任の先生や、塾で会った違う学校の子が出てきた。それだけでなく、小さい時に財布を落としたのだが、その時に拾って交番に届けてくれたおじさんのブロマイドもあった。そんな出来事は、このブロマイドを見るまで忘れていたことだった。買ってきたブロマイドを全部開けている間、和巳は懐かしい気持ちになったり、小恥ずかしい気持ちになったり、驚いたりと中々楽しめた。
 
不思議なブロマイドにすっかりハマってしまった和巳は、あの駄菓子店の近くを通る度に10枚、20枚と買っていった。和巳が買ったブロマイドが100枚を超えた頃、今度はその人達がどうしているのか急に気になってきた。何しろ、ブロマイドの裏には名前しか書いておらず、それ以上は知りようがなかった。どうせならおばあさんに聞いてみようと、和巳はまたあの駄菓子店へ出かけていった。
 
「いらっしゃい」
おばあさんはいつもと変わらぬ様子で和巳を出迎えた。和巳はこのブロマイドの人達が今どうなっているのか、おばあさんに聞いてみた。
「あの、ここに写っている人達が今どうしているかはわからないんですか?」
「それはわかりませんねえ。1枚50円のブロマイドですから」
「じゃあ、もっと高いブロマイドだとわかったりするんですか?」
「そういうのもありますけどねえ。あんまりオススメはしませんねえ」
「どうしてですか?」
「随分と沢山の人を思い出された様ですけど、中には会わない方が良い人もいると思いますよ。皆さん、色んな人生を歩んでらっしゃいますから。でも、1枚の写真だと、大体は美しい思い出が蘇ってくるでしょう。本当のブロマイドが美しい一瞬を切り取っている様に。全部見えてしまうと嫌な部分も見えてきます。人間ですから」
おばあさんの言葉には、実体験から来るものなのか、なんとも言えない説得力があった。
「それはそうかもしれませんね」
「ええ、そうですとも。それに、今の時代、会いに行こうと思えば会いに行く方法は沢山あると思いますよ。ブロマイドに出てきた人だけじゃなく、そこからつながっていく人もね。それくらい思える人なら実際にお会いされた方がきっと楽しいと思います。でも、そうじゃない人は、ブロマイドを集めるくらいが丁度良いのではないでしょうか」
「そうですね、わかりました。でも、一つだけ教えて下さい。もっと高いものはどんな人が買えば良いんですか?」
「そうね、あなたが十分生きた時にまたこの店を訪ねるといいわ。いくらになるかわからないけど、きっと素敵な一枚があなたのところへ来るはずよ。そのためにも、これから先も素敵なブロマイドになるような出会いを見つけていってくださいな」
 
店を出た和巳は、振り返りながら小さな思い出を沢山思い出させてくれたことに感謝した。そして、再び前を向き、次にこの店に来る時に思いを馳せながら駅の方へ向かった。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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