メディアグランプリ

その他大勢の矜恃


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記事:牧野倫子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
大学4年の冬、留年が決まった。
そのまま書き続けていれば間に合ったであろう卒論を書くのを止めて、わざと留年した。
私はほっとしていた。
ああ、これで自分の将来を決めるのを遅らせられると。
 
私は、文章と絵がそこそこ得意な子供だった。
本も漫画も大好きだったから、小説を読めば「小説家になりたい」、漫画を読めば「漫画家になりたい」と純粋に夢を見た。
子供の世界というのは、家庭や学校のまわりか、有名人がいる本やテレビの中のどちらかで、社会の大部分を構成する「その他大勢」はごっそり抜け落ちていた。
それでも、分をわきまえず大それた夢を語っても、大人たちは微笑んでくれる。
「普通のサラリーマンになりたい」なんて言う子供よりは、好ましく思ってもらえる。
 
しかし、高校生くらいになると、周りは真剣に身の処し方を考えるようになってくる。
将来像が明確な賢い子たちは上位校を志望校に据え猛勉強していたし、仲の良い友達も看護師や国語教師など具体的な夢を持っていた。
私は、作家に憧れはあるものの、夢に向かって創作をするわけでもなく、かと言って狭い知識の中では他の職業選択もできないまま、ぼんやり過ごしていた。
大学に行ってまで学びたいことはなかったが、卒業後は進学するか浪人するかのほぼ2択の進学校だったため、周りに流されるまま、苦しい努力をしなくても手が届きそうな大学を志望校にした。
 
なんとか大学に合格した私は、講義はギリギリの出席で、バイトとサークルに明け暮れる怠惰な大学生活を送っていた。
しかし、先延ばしにしていた将来の選択期限は、否応なく迫ってくる。
通っていたのは教員養成系大学だったため、同級生のほとんどは教員志望だった。
私は特に教師になるつもりはなかったが、また流されるまま教員採用試験を受け、そして当然のごとく落ちた。
その後、卒論を放り出して半年休学、半年留年し、就職先が決まらないまま大学を卒業した。
 
たぶん、怖かったのだ。
まじめに就職活動をしてどこかの会社に所属してしまったら、子供の頃眼中にもなかった「その他大勢のただの人」になってしまう。
しかし、現実はその他大勢として社会参加することすら叶わず、大手企業の入社式がニュースで流れるのを、実家のこたつで無感情に眺めているニートだ。
この頃はやぶれかぶれで、どこでもいいから正社員で雇ってもらおうと、折込チラシに入っていた訪問販売の営業職に応募してみたものの、面接で「まずは親類縁者に商品を売ってください」という言葉におののいて退散したこともあった。
 
もういいや。正社員にこだわるのは止めよう。どのみち妥協してイヤイヤ働くんだもの。
少しでも自分の興味の持てることじゃないとたぶん続かないわ。
子供時代に文章と絵がそこそこ得意だった私は、求人広告の代理店で制作アシスタントのアルバイトをはじめた。
会社が私の指導役につけたのは、1コ下の専門卒の男の子。
仕事内容は簡単な入力業務や、電話応対など。
時給800円。フルタイムで働いても、月12万くらい。当然ボーナスなんてない。
子供の頃に夢見た、一流の世界で活躍するキラキラした自分には程遠い現実。
でも、しかたがない。
今まで自分の人生を真剣に考えず、たいした努力もしてこなかったんだから。
私はようやく現実を受け止めて、粛々と働きはじめた。
 
先輩社員が作った求人広告を、入稿前にチェックするのもアシスタントの仕事だった。
来る日も来る日も膨大な量の原稿を見ているうちに、世の中には私が今まで知らなかった、たくさんの業種や職種があることを知った。
私がなりたくないと思っていた「その他大勢の人たち」が社会を支えている。
そんな当たり前のことに気づかされた。
 
私は求人広告の世界にどんどん惹かれていった。
アシスタントの仕事に一生懸命取り組むうちに、正社員と同じように求人広告を作らせてもらえるようになった。
先輩の営業や制作に同行し、客先まで取材に行くようになった。
スキルアップのために、今までの人生で避けてきた努力を惜しまずした。
そのうち社内で指名を受けて広告を作ったり、版元が主催する広告コンテストに出品して賞をもらえるようになっていった。
今から思えばめちゃくちゃブラックな労働環境だったのだけれど、当時は仕事を通して、自分を認めてもらえたようで本当に楽しかった。
何より自分の作った求人広告で採用された人に初めて会わせてもらった時は、「私も社会の一員として役に立てているんだ」と実感できて、ガラにもなく感動で胸がいっぱいになった。
 
その後、2年間の非正規雇用期間での実績が認められ、同業他社で正規雇用してもらえることになった。
しかたがなくイヤイヤ働きはじめた道で、とうとう独立まで果たしてしまった。
今ならわかる。
世に名を馳せるような人も別にイージーモードで生きているわけではなく、与えられた場所でコツコツがんばって道を拓いてきたということを。
結局、私は一流にも、有名にもなれなかったけれど、その他大勢として一人前に役割を果たしている。
今は、そのことを誇りに思う。
 
私には5歳の息子がいる。
彼には、子供らしい将来の夢を自由に描いてほしい。
同時に、世の中にはたくさんの種類の仕事があり、いろんな職業の人が誇りとやりがいを持って社会を支えていることを折に触れて語りたい。
彼が年頃になり、幼い頃描いた大それた夢が叶わないかもしれないと現実に打ちのめされそうになった時、投げやりな気持ちになったり、迷わなくて済むように。
それは、今も求人広告を作り続けている私の役割なんじゃないかと思っている。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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