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R接骨院のY先生が、見てることを祈って


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:羽島俊洋(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
R接骨院、行ってみたら臨時休業だった。
特に驚きもしないし怒りもしない。
もう慣れた。
とりあえず、今夜は湿布して寝よう。
明日は開いてるといいんだけど。
 
R接骨院のY院長先生は大のボクシングフリークで、初対面から僕とは気が合った。
恐らくまだ30代前半ぐらいの若い先生で、とにかく元気で明るかった。
常連さんもたくさんいて、いつも賑わっていた。
どの患者さんに対しても明るく接し、どの患者さんに対しても会話の話題が途切れることなく、常に元気だった。
ただ、その明るさがY先生の「地」ならいいのだけれど、それが「無理した明るさ」なら、しんどいだろうなぁとも思っていた。
 
ある日、いつものようにR接骨院に行ったら、臨時休業と書かれた紙が貼ってあった。
翌日もそのままで、結局臨時休業は1週間ほど続いた。
 
休業明けは、以前の明るく元気なY先生だった。
ただ、月に1度程度、3日から1週間ぐらいの臨時休業を挟むのだった。
 
多分Y先生は、「疲れたメンタルを整える」ためにたまに休むのだということが、薄々わかって来た。
でも、僕とY先生はほぼボクシングと格闘技の話しかしなかったし、デリケートな問題でもあるので、深く詮索はしなかった。
ただ、患部に電気を当ててもらってる時などに聞こえてくる他の常連さんとの話を総合すると、Y先生はどうも奥さんと離婚協議中であることがわかって来た。
 
「僕、もうすぐ離婚するんですよ。子供も嫁に取られます」
僕の腰をほぐしながら、いつもの笑顔で、いつもの元気さで、Y先生は言った。
「えっ‼ そうなんですか⁉」
腰を揉んでもらいながら、僕は初めて聞いたような顔をして、驚いてみせた。
(Y先生、そんな話、笑顔でしなくてもいいよ……」
 
「だから僕も、空道やってみたいんですよ‼」
 
なにが「だから」なのか、周りで聞いてる人は意味がわからないだろう。
でも僕には、なぜ「だから」なのかよくわかる。
 
僕自身が、「ダメ」になりそうなところを武道に救われて生きて来た。
 
1度目は、『スクール☆ウォーズ』のような荒れた中学で、理不尽な暴力に文句も言えず、下を向いて小さくなって生きていた時。
このまま一生下を向いて生きて行くのかと思っていた時に、空手に出会った。
 
2度目は、演劇をしていた20代の時。
自分自身の未熟さのせいで、ある公演での集団の輪を思い切り乱してしまい、その公演関係者全員を敵に回してしまった。
公演自体はなんとか無事に終わったが、僕のメンタルがぶっ壊れてしまった。
一時は「このまま死んでしまおう」かとも思ったが、友人のおかげでなんとか持ちこたえた。
とりあえず、このボロボロの自分をなんとかしなければ。
結局、そこでまた僕が頼るものは、「武道」だった。
演劇にハマって1度は辞めた空手を、また始めた。
そこから、今の空道につながる。
 
「今のこのバタバタが落ち着いたら、絶対空道やります。やらせて下さい。僕に、空道教えて下さい」
 
もちろん教えるよ。
なんでも教えるよ。
一緒にガッツリ稽古して、稽古後の酒がこの世でいちばんうまい酒であることを、教えてやるよ。
だから今は辛いと思うけど、本当に辛いと思うけど、乗り越えようよ。
 
また、臨時休業の貼り紙がなされていた。
また1週間ぐらいしたら戻って来るだろう。
空道もやらないといけないし。
 
1ヶ月たっても臨時休業のままだ。
当然、店に電話してもつながらない。
なんで携帯番号聞いとかなかったんだろう。
 
それからさらに半月ほどたち、臨時休業の紙は「売物件」の札に変わっていた。
 
「なあ、Y先生。
あんた、院を続けられんぐらいにボロボロやったのはしゃーないよ。
でも、閉めるなら一言教えて欲しかったわ。
あんたとガッツリ稽古して、それからうまい酒を呑みたかった。
俺、あんたの笑顔しか知らへん。
でも、ホンマは泣きたいぐらい辛かったんやろ?
ていうか、ひとりになったら泣いてたんやろ?
泣き言でも愚痴でも、なんでも聞いたったよ。
あんためちゃめちゃ気ぃ使いやから、どうせ誰にも吐き出さへんかったんやろ?
俺に吐き出したら良かったんよ。
 
R接骨院の跡、新しい接骨院が入ったわ。
そこの先生も若い人やねんけど、あんたと違って笑顔がウソ臭いねん。
絶対格闘技に興味無いくせに、ムリヤリ格闘技の話してくんねん。
なんかめんどくさくなって、ずっと寝たふりしてたわ。
俺は、あんたとまた濃い話がしたいねん。
ハメドとかチャベスとかサムゴーとか井上尚弥の話がしたいねん。
 
とりあえず、どこかで生きてんのか?
それだけ教えてくれ。
生きてさえいれば、またいつか接骨院もやれるし、空道もやれるよ。
 
生きとけよ」
 
もし、なにかしらY先生の連絡先がわかっていれば、こんな文句をLINEかメールしてたかも知れないし、留守番電話に感情に任せて吹き込んでいたかも知れない。
 
でも僕は、いつかY先生と稽古して、その後でうまい酒を酌み交わす日が来ることを信じている。
だから、来たるべきその日のために、僕は稽古も酒もやめるわけにはいかないのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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