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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤 伊織(ライティング・ゼミ平日コース)
※こちらの記事はフィクションです。
 
 
街で聴くと暑苦しいセミの声も、ここで聞くと爽やかさの一員となり心地が良い。
街からバスを乗り継いで一時間、都会の喧騒から少し離れた山奥。
ここは地元でもあまり知られておらず、人はほとんどいない。
 
「けんじ、何ぼーっとしてんだよ! 早くこっち来いよ!」
僕は山奥に一筋流れる川に友人と遊びに来ていた。
 
「ちょっと散歩してから行くよ」
僕は形式上の返事をしてから、川に沿って散歩を始めた。川辺にはスイカくらいの大きさの石がゴロゴロと転がっている。川は五歩で渡れるくらいに細いが、見た目以上に深い。
 
「大分奥まで来たな」
呟いた言葉は川のせせらぎにかき消された。
友人と離れどんどん山の奥へと向かっていく。ひとりになりたかった。
 
妹が行方不明になってから二年、友人は気を使っていろいろなことをしてくれた。
「飯いかね?」
「泊まりに来いよ!」
「テストの山貼ったノート、貸すよ」
「川、行こうぜ」
かわいそうに、まだ若かったのに。同情。
気にかけて行動するオレ、優しいでしょ?
もううんざりだ。彼らの自己肯定感のために利用されるのは。
 
「ねぇ」
後ろから声をかけられ足を止める。
女性の声。一緒に来ていた友人に女性はいただろうか?
振り向くとそこには見覚えのない女の子がいた。年は高校生くらいだろうか? 自分とあまり変わりないように見える。白いTシャツにダメージ加工が施されたデニム生地のショートパンツ、活発そうな服装から伸びる手足は異常なほどに白い。真夏にこの表現は相応しくないかもしれないが、雪のような、どこか儚さを感じた。
 
「どこいくの? そっち、危ないよ」
再び声をかけられ改めてあたりを見渡す。気が付くと歩き始めた場所より大分変わっており、川の流れは一段と早く、川辺の石はずっと荒削りになっていた。
 
再び足を進めようと一歩踏み出すが、一際大きな石に足を取られバランスを崩してしまう。
「あっ」
「ここらへん、よく事故が起きるんだよ。気をつけないと」
この女の子が一人で山奥に向かう自分に対して警告をしてくれているのだとやっと気がついた。
 
ここまで来ればもう良いか。そう思い直し、川に足だけが浸かるように大きな石に腰かけた。
「君、ひとりできたの?」
女の子は、僕が腰かけた大きな石の隣の一回りくらい小さな石に座りながら問いかけてくる。
「いや、友人と」
隣に座られ動揺して、思わず馬鹿正直に答えてしまう。しまった。こういう、川に一人で来たかどうかを聞いてくるような人のことを僕は好きではない。やれ危ないだの、一緒に来る人がいなくて可哀想だの、持ち前の偽善をかざしてくるからだ。
きっと彼女の言葉もそう続くに違いない。彼女の返事を身構えていると、想像とは違う言葉が返ってきた。
「そっか」
彼女の反応に拍子抜けする。
「そしたら一人でここまで散歩! とか?」
自分の行動を当てられてドキッとする。なんだか他のことも見透かされているような気がした。
「ちょっと一人になりたくて」
正直に答える。赤の他人に対してここに一人でいる動機を隠しても仕方がない。
 
「なんか悩んでそうだね? お姉さんにドンっと話してみなさい!」
彼女はカカッと笑いながら自分の胸に勢いよく握った手を当てる。楽しそうな彼女とは裏腹に、僕の心はズキっと痛んだ。なんだか彼女の笑い方が妹に似ていたからだ。
妹に似ていたからか、今まで誰にも話せなかった悩みがスルッと言葉として出てきた。
「妹が、死んだんだ。二年前に」
彼女は驚きもせず、黙って頷いて話を促してくる。
「周りのみんなは本当に良くしてくれる。落ち込んだ俺に気を遣って色々なことに誘ってくれたり……」
「でも君はそれをよく思ってないんだよね?」
彼女が口を挟んでくる。なんでもお見通しということだろうか?
普通であればここまで言い当てられると恐怖を感じるところだが、何故か彼女からはそれを感じなかった。はじめのイメージどおり雪のような、なんでも包み込んでくれるような、そんな気がした。
 
「あいつら、僕のことを利用してるんだ。自分が認められるために。自分で自分を認めるために。弱いものを助けてる自分って偉いでしょ? って」
話してしまった。見ず知らずの、たった今会ったばかりの女の子に。安易に話してしまったことに後悔すると同時に、二年間一人で抱えていたわだかまりが少しスッと消えた気がした。
どんな反応が返ってくるだろうと彼女の顔を覗き込むと、カカッと笑い声が聞こえた。
「あははっ!」
ついに声に出して笑い出した。人が真剣に相談しているというのになんなんだいったい。
「おい、僕は真剣にーー」
「君、考えすぎだよ〜」
彼女の声が僕の批判の声を遮った。
考えすぎ?
「君の友達が君を利用してるって、考えすぎ! そんなことないよ、優しさからだよ」
笑いながら話す彼女に僕の気持ちもほだされていく。
「もっと素直になりなよ。みんな君のこと心配してるんだよ」
笑いを止めてにっこりと微笑みかけてくる彼女に少しドキッとしてしまったのは心の中に隠しておこう。
 
「わたし、もう行かなきゃ」
彼女が呟く。
三十分くらい経っただろうか、腕につけていた時計を見ると、友人たちと離れてからもう二時間も経過していた。彼女と話しているととても時間が短く感じる。
「そっか……。そうだ! 連絡先をーー」
振り向いたそこに彼女はもういなかった。
「名前も聞けなかったな……」
名前も知らない彼女。
だがここに遊びに来ていたということは多分近くに住んでいる。きっとまた会えるだろう。
 
「けんじ! やっと見つけた! お前こんなところで何してたんだ?」
一緒に遊びに来ていた友人が駆け寄ってくる。
「あぁ、さっきまで女の子がーー」
「なんだお前知ってるのか? 警察の人が来て、女の子の遺体が見つかったらしい。怖えよな……。もう帰ろうぜ」
どこか遠くでセミの声が聞こえた。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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