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恋をしたのは石ころのような人だった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:川原 虎丸(ライティング特講)
*この文章はフィクションです。
 
 
恋をしたのは石ころのような人だった。いや、いきなり人のことを、それも好きな人のことを『石ころ』だなんて失礼じゃないかって、あなたは思うかもしれない。
でもこれは彼女のことを馬鹿にしているとかそういうのじゃなくて、単純にこれ以上に彼女にぴったりな表現を僕が知らないだけだ。存在しないんじゃないかなって思ってる。
きっとあなただって、彼女のことを知れば彼女が石ころのような女の子だってことをなんとなく分かってくれるんじゃないだろうか。
 
彼女のことを知ったのは高校二年生になって間もない四月のころ、そのクラスで最初のホームルームで委員会を決めた日のことだった。
空いていたからというだけの理由で決めた委員会を、全く同じ理由で選んだクラスメイトが彼女だった。
 
正直言って彼女は目立つタイプの子ではなかった。というか、どちらかといえば地味だ。
顔は整っていたが、人目を惹くほど綺麗なわけではなく、もの静かでおとなしい。言ってしまえば、どこにでもいそうな少し影の薄い女の子だった。
だから、僕も一年生のころは顔も名前も知らなかったし、今年だって委員会が同じでなければ、きっと彼女の存在を特別に意識することもなく過ごしていたと思う。
 
だけどそれにもかかわらず、僕が彼女を知ったその日から、彼女は僕の視界に頻繁に現れるようになった。
退屈な授業中、教室を移動しているとき、男女別で行われる体育のとき。他にもありとあらゆる時間と場所で僕は彼女を視界に捉え、無意識に目で追うようになっていった。
 
別にそのときにもう恋に落ちていたわけじゃない。だけど、実際、僕はだんだんと彼女に興味を惹かれるようになっていった。
少しでいいから彼女と話してみたいと考えるようになり、何度も何度も頭の中でそのときのことを想像した。
 
そしてそのときは案外早く訪れた。
 
ある日の放課後に、僕らが所属している委員会の最初の集まりがあった。
この委員会はほかの委員会と違って、こんな風に定期的に放課後に集まりがあり、そこが人気のない理由の一つでもあった。
委員会の内容は、だいたい行事に関する話し合いで、最後にはクラスごとの意見を発表する決まりがあった。
 
そう、つまり僕はこの時初めて彼女と話すこととなったのだ。
 
下級生の意見が採用されることがほとんどないことを知っていた僕らは、まじめな話し合いを少しだけして発表する意見を適当に決めたあと、全く関係のないおしゃべりをして時間を過ごした。
最初こそお互い堅かったけど、意外と僕らはすぐに打ち解け、二人の会話は教室の隅でひそかに盛り上がっていった。
 
会話が落ち着かないうちに委員会が終わってしまったのもあり、僕ら二人は委員会が終わった後、なんとなくの流れで帰り道を一緒に歩いた。
その間も僕らはしゃべり続けた。
好きな音楽とか小説の話をしたら、二人の趣味がとても似通っていて、さらに話は盛り上がった。
 
「すごいな。今まで本とか音楽の趣味がここまで合う人なんて一人もあったことないよ」
「うん、私も。まさか同級生であの作家を知ってる人がいるなんて思わなかった」
 
彼女の声は澄んでいて耳なじみがとてもよかった。
声自体は高いのだけど、彼女はすごく落ち着いたトーンでその声を響かせていた。
 
「ねえ、何かなりたいものとかある?」
 
だいぶ歩いて別れも近付いてきたころ、彼女がそう聞いてきた。
 
「今はまだ特にないな」と僕は答えた。「そっちは?」
「私もまだないな。あ、でも」
 
そこまで言ってから、彼女は突然口をつぐんだ。
 
「でも?」と僕が聞く。
すると少し恥ずかしそうにこう言った。
 
「……夢とかじゃないけど、なりたいものならあった」
「なに?」
 
僕がそう聞くと彼女は足を止めて、突然地面を指さした。
 
「地面?」
 
彼女は首を横に振って地面から何かを拾って見せてきた。
 
「石?」
「そう石ころ。それもちょうどこんな、小さくて丸っこい石ころ」
 
彼女が拾ったのはとても小さな丸っこい石ころだった。
そして彼女は僕が「なんで?」と聞く前にその理由をぽつぽつと話し始めた。
 
「誰かがうっかり踏んづけちゃっても誰も傷つかなくて、それどころか誰も踏んだことにすら気が付かない。確かにそこに存在してるけど、誰の邪魔もしなくて、勘違いしたり、誰かに迷惑かけたりもしない。そうやって誰にも気づかれないまま蹴飛ばされて転がって、最後は海に沈むんだ。誰も知らない海の底に誰にも知られず落ちていく。自虐とかじゃなくて、本気でそういうものになりたいなって私は思うんだ」
 
僕は思わず絶句した。何の言葉も出なかった。
悪い意味ではなく、僕は彼女の言葉に、あるいはそれを語る表情の何とも言えぬ奥ゆかしさに、どうしようもなく心を奪われてしまったのだ。
 
彼女の学校での姿を思い出す。たしかに彼女はいつだってそういう存在であろうとしていた。
いつでも誰かに気を使い、自分より他の誰かを優先し、そしてそうしていることすら他の人に気付かせない。
まさに彼女の語る『石ころ』のような存在だった。
 
ここで僕は「もうそんな風にしなくていい」とか、「もっと自分を優先していいんだよ」なんていう言葉をいってやるべきだったのかもしれない。
 
だけど僕はこの時、僕がそんな彼女にずっと惹かれていたということに気が付いてしまったのだ。その感情はどうしようもなく恋だった。
 
「急に変なこと言ってごめんなさい。こんなこと言われても困るよね」
「そんなことない!」
 
言葉は口をついて出ていた。
 
「そういうの、とても素敵だと思う」
 
僕の言葉に、彼女はとても驚いたような表情を浮かべた。それから照れくさそうに「ありがとう」といった。
 
こうして僕はこの日からずっと彼女に恋をしている。
彼女は相変わらず、クラスの中では彼女の言う『石ころ』みたいな存在であり続けたけど、僕にとってはどんな宝石も敵わないほど、かけがえのない『石ころ』のような人になった。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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