メディアグランプリ

じいじと息子とレコードプレーヤー


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記事:ナエトル(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「そうそう」「アームは、人差し指で優しくなー」
当時小学3年生の息子がじいじに手を添えてもらいながら、緊張しながらアームに触れてプレーヤーの針先をレコード盤にそっと優しく置いた。
しばらくすると、軽快なメロディーと共に、女性の声でスペイン語の歌が流れてくる。
 
息子がレコードプレーヤーでレコードをかけることになったキッカケは、社会科の授業テーマ「昔の道具調べ」だった。
親やおじいちゃん、おばあちゃんに昔の暮らしの話を聞いて、昔の生活で使っていたような道具を見せてもらったり、調べてきて、個々にまとめて発表するというものだった。
 
私が子供の頃、家ではレコード、カセットテープ、ラジオなど良く音楽が流れていた。
その話を覚えていた息子にとっての昔の道具、それが今は殆ど動かす機会もなくなったレコープレーヤーだったのだ。
 
実家に行くと、父は嬉しそうにレコードを出してくる。
父が息子にレコードプレーヤーの仕組みや部位を説明する。
 
レコードジャケットから指先に注意して丁寧に、レコードを取り出すということ。
レコードには細い溝が掘られていること。
レコードプレーヤーのターンテーブルにレコードをのせるということ。
レコードプレーヤーの針先はダイヤモンドが使われているということ。
プレーヤーの針先がレコードの溝に触れることで音楽が再生されるということ。
 
息子は「昔の道具調べ」を発表できるネタを確保したことの安堵と、画面タッチやボタンタッチではない音楽のかけ方を初めて知って興奮している。
 
そして、父は目を閉じてレコードから流れる音楽を聴いている。
私が子供の頃によく目にしていた光景だ。
 
「何とも言えん、えぇ音やー」と父がつぶやく。
 
女性の声でスペイン語の歌と軽快なメロディー。
確かにレコードプレーヤーから流れてくるその音は、CDよりも柔らかな音色だ。
 
私「この曲は何の曲だっけ?」
父「カミニートやな」
 
私「うん、そうだった!」「カミニートってどんな意味だったっけ?」
 
父が嬉しそうに、「カミニート」はスペイン語で「小道」という意味だと教えてくれる。
 
私は「それで? それで?」と少しテンションを上げてきく。
 
この楽曲は、一説によるとタンゴの本場、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの一地区にある通り「カミニート」にちなんで作られたとも言われているらしい。
 
聴けばきくほど、父はいつもより嬉しそうで声のトーンもどんどん上がっていく。
 
そして続けて「音楽は、愛でるものやからなー」と父は言う。
 
私は、父が珈琲カップを片手に目を閉じて音楽を愛でることの先にある、父の思いをもっと聴いてみたくなった。
 
私「愛でるって?」
 
父「レコードプレーヤーで音楽を流すには、自分の手で一つ一つ丁寧に動かさないといけないからな」
「だからその時だけでも、丁寧な時間を過ごせるやろ?」
「そこから心の余裕がつくれるんやー」
 
静かに父が語ってくれた。
妻(母)に早くに先立たれ、私と弟を育てながら仕事も家事もしてきた父にとって、レコープレーヤーでレコードをかけ音楽を愛でる時間は、昔から心の余裕を持つことであったという。
意識的に丁寧に生きる、そういう時間をつくる事が大事だという。
 
確かに私が子供の頃から、父はどんなに忙しくても、音楽を愛でていた。
もちろん音楽鑑賞が好きとか、その楽曲が好きというのはあるだろうけど、
珈琲カップを片手に音楽を愛でることの先にある父が大切にしてきたものを、私は今頃はじめて知った気がした。
 
あれから7年が過ぎた。
 
父は今も毎日、タンゴ音楽をCDで聞いているが、指先の微妙な力加減が上手くできずレコープレーヤーを一人で扱うのは難しくなっている。
父の背丈は少し小さくなったようだ。
 
当時小学生で小さかった息子は、今では私が見上げるほど大きな高校生になった。
珍しく机の引き出しの中を整理している息子が、小中学生の時の作文等はもう要らないから見ずに捨ていいよと言うけれど……。
「昔の道具調べ」の発表資料はお母さんがもらっておくね。
 
息子の机の引き出しの中から出てきたこの「昔の道具調べ」は、父とのそんな会話と光景を思い出させてくれた。
 
ほんの数分の日常会話の中でも、人は誰かに耳を傾けてもらい「うん、うん」と聴いてもらえると、とても心地が良いもの。
聴くことで、話し手の奥にある大切にしていることを知ることもできる。
そして話し手と聴き手は同じ光景をみることができる。
 
次の休日は父の所に行って、父の話を「うん、うん」「それで?」って傾聴しに行こう。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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