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メディアグランプリ

インターネットの海でおぼれそうになった話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:阪口美由紀(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
また増えている。実家の玄関を開けると、段ボールの束が資源ゴミの日を待っていた。母は昔から通販番組が大好きだ。NASAが開発した素材の枕やら、スエーデン王室御用達の羽毛布団やらが、家にたびたび届けられた。
 
インターネットを覚えてからは、リンパの流れをよくする美容ローラー、水素水のシャワーヘッド、履くだけで姿勢が整う室内履きなど、戦利品が増えていく。母は、科学的な裏付けがあるものが好きなのだ。娘の私は「また、だまされてー。必要以上に高いもんを」と、その都度イライラが止まらない。これは話のネタだと思うことで、なんとか心を落ち着けていた。
 
不妊治療クリニックの初診から3ヵ月、私は検査づけの日々を送っていた。高齢のため体外受精を視野に入れた方針が立てられた。だが、高度生殖医療は希望してすぐに受けられるわけではなかった。月経2周期分(2~3ヵ月)は様々な検査が行われ、目に見える問題がないかを確認する。
 
卵管が詰まっていないかチェックする卵管造影検査、卵巣や子宮の異常を見る経腟エコー検査など、それぞれ、月経周期のいつなら受けられるというのが決まっている。その日は、FSHの値を知らされた。卵を作りなさいと卵巣を刺激するホルモンの値だ。初老の非常勤医師は検査結果の紙を一瞥して言った。
 
「この値なら排卵誘発しても、卵は1個か。多くても2個取れるか取れないかやね。
もう何年か早く来てくれてたらねえ」
「そうなんですねー。やっぱり現実は厳しいなー」
 
間髪入れずに笑って答えたが、一瞬胸の奥の深いところで、何かがうずいた気がした。
 
クリニックの待合室で会計を待つ間に、スマートフォンに「妊活 採卵」と入力した。すると、「良い卵子を採卵するために」「40代の採卵は体質改善がキーポイント」などと、膨大な数のページがヒットする。
 
同じ年齢の女性が書く妊活ブログが目に留まり、読み始めた。そこには個人の体験のみならず、妊娠するためのありとあらゆる情報があふれていた。読むことが止められなくなって、帰宅中2度も電車を乗り過ごしてしまうほどだった。
 
体を温めるというのは基本中の基本らしい。温活というのだそうだ。起きたら白湯を飲み、冷やした水とお酒は厳禁。シャワーではなく湯舟につかる。シルクとウールの靴下を交互に4枚重ね履きする「冷え取り」は、シルクが皮膚からの排毒を促すのだそう。これならできそう。明日、仕事帰りにデパートに行ってみよう。やることが見つかり、ぐっすり眠れる気がした。
 
翌週には、甲状腺機能の値に異常値が出ているので、専門の病院を受診してくださいと言われた。処方された薬だけでは不安になり、漢方薬局に寄って「鹿茸大補湯」という鹿の角の生薬を購入した。また、子宮が後屈しているようですねと告げられると、妊活が専門だという鍼灸にかかった。
 
3か月後、私の最終形態はこうなった。
 
モコモコの腹巻を巻き、シルクとウールの靴下は5枚重ね履き。鹿の角の粉末とミトコンドリアを活性させるサプリは欠かさない。良い方角で良い時間に子宝神社でお水をいただき、コウノトリを見に行く。へその周りと足首に針をブスブス刺されながら、新月の決まった時間に「私は母親です。ありがとうございます」と唱える。
 
そして、ついに主治医の言葉が信じられなくなった。
 
検査期間を利用して、人工授精にトライしていたのだが、施術後のホルモン補充としてプラノバールという薬を服用していた。プラノバールとは、子宮内膜症などの治療に使われる中量ピルだが、不妊治療にも広く使われている。
 
ある晩インターネット上で見かけた以下の記述に目が釘付けになった。
 
「一般的に広く使われているプラノバールは、高齢の卵巣機能が低下している人に使用すると、卵子の成長を妨げることがある」
 
心臓がバクバク音を立てて、指先が冷たくなるのを感じた。呼吸は浅くなり、酸素が頭に回って行かない。取り返しのつかないことをしてしまった……。朝いちばんでクリニックに行き、不安をぶつけた。主治医は誠実に丁寧に説明をくり返してくれた。だが、その時の私には、医者の言葉よりも誰かのブログの方が最新の情報に感じられた。この医者は新しい治療について不勉強なのだと。
 
インターネット検索は情報の海で泳ぐようなものだ。元気なときは、波を楽しんだり潜ってきれいな魚を見たり、様々な新しい体験をさせてくれる。でも、気がかりがあるときには、少しだけ気をつけた方がいい。水面にプカプカ浮かぶ、浮き輪のような情報に手を伸ばしたくなるからだ。
 
浮き輪は、泳ぎ疲れ不安になった人をしばし休憩させてくれる。けれども、浮き輪にはたいてい穴が開いているのだ。そんな浮き輪をつけていても、いつかは溺れてしまう。誰かが穴が開いているよと教えてくれなければ、新しいものを次から次へと求め続けるだけだ。
 
私に浮き輪の穴の存在を教えてくれたのは母だった。食後にサプリを飲もうとすると、母が言った。
 
「ミトコンドリアのサプリ、あんたも飲んでるんや。お母さんもな、こないだ買ったんよ。
老化にいいらしいなー。抗酸化酵素が活性酸素をなんちゃらかんちゃら……」
 
母がいつもの真剣な熱い語りを始めるや否や、ハッとした。そして笑いが止まらなくなった。プラチナ製の最新の美顔ローラーを出してきて、母と二人で思う存分、コロコロした。
 
 
 
 
***

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2020-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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