メディアグランプリ

笑顔のダンサーは亀


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石川玲子(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「あんな無関係なギャラリーの中で、ふつうは踊れないよね。怖くないの?」
彼の言葉に、そこにいたダンサーが全員「えっ?」と目を剥いた。ダンスのビデオ撮影のため、公園の一角で踊ったあと、一休みしているときに言われた言葉だ。公園が空いている時間を狙ってはいたものの、現場には撮影に関係のない人たちも大勢いて、踊る私たちを物めずらし気に眺めていた。でも、そんなことで怯むようなダンサーは、ここにはいない。
「別に気になるっているか……むしろ燃えるよね」
メンバーの中で一番若い子の言葉。客観的にみれば、大胆ともいえる言葉に、ダンサーたちがうんうんと頷く。
別に観客じゃなくてもいい。
通りすがりの人が「何をやってるんだろう」とこちらを覗くなら、「何か楽しそうなことやってる!」とワクワクさせてやる。
音楽にのって動き出せば、あっという間にそれくらいの気持ちに変わる。
だから、恥ずかしいとか、見られてどうしようとか、これっぽっちも思わない。
そう言って笑うメンバー達。一緒になって頷きながら「そうか、私もついにここまで来たか」と思った。人の前で踊るのは怖くない。むしろ楽しくすらある。オーディションなどになれば、さすがに話は別だが、いつの間にか舞台や人前を恐れなくなっている自分がそこにいた。
 
ダンスをはじめた頃は、こうではなかった。
踊ることは嫌いではなかったが、人前で踊るのは嫌いだった。普段のレッスンは好きだが、舞台には立ちたくない。公園のような場所で踊るなど、言語道断だった。
一つの理由は、やはりダンスそのものが上手くなかったこと。私がダンスをはじめたのは、大人になってからだった。周りの大人たちはみな、遅くとも10代からスタートを切っていて、私一人がでくのぼうだった。上手く踊れもしないものを見せてもしょうがない。そんな気持ちがあった。
もう一つは、はやり人前に立つことに抵抗感があった。当たり前だが、普通の人間が普通に大人になった場合、人前に立つ機会など指折り数えるくらいしかない。子どもの頃のピアノの発表会とか、学校の合唱コンクールとか。その程度しか経験がないから、やはり舞台は怖かった。
 
初めて立ったダンスの舞台のことは、今もよく覚えている。
手足がずっと小刻みに震えていた。
眩しい照明が目に入って、周りの景色が白くかすんでいた。
自分の心臓の音がやたらと早く聞こえて、音楽は遠くに聞こえて、何度もくり返し聞いた曲が、まるで知らない変調子の音楽のようにリズムが取れなかった。
他のメンバーの足元しか見えず、身体はまったく動かず、それでも大きなミスをしないように、ただただ必死でその場にいた。
舞台が終わって、先生に「どうだった?」と聞かれて出てきたのは「何もわかりませんでした」という間抜けな答えだった。
舞台のビデオももらったけれど、当然ながら散々な出来。動き出したばかりのカカシのようにぎこちない動きで、溺れかけの猫のように必死なオーラを放っている自分がそこにいた。
「舞台なんかイヤ! もう普段のレッスンだけでいい」
そう言い放って、先生に困った顔をされた。
 
それからどれくらい踊ったか。
小さなイベントごとも入れると、舞台に立った数は数えきれないくらいになった。
やがて、舞台で笑うことを覚えた。
舞台上に一緒に立ったダンサーが、目が合った瞬間にとびきりの笑顔をくれたのがきっかけだった。
あごを上げて観客席を見下ろしたとき、すっと呼吸が落ち着いた。
まぶしい舞台照明が好きになって、となりで踊る仲間のリズムに安心した。
舞台に飛び出していく瞬間の高揚感と、覚悟の切り替えが楽しくなった。
いつの間にか舞台が好きになっていた。
 
舞台に立つのが怖かった私が、人前で踊るのを楽しめるようになった。
変われた理由は何だったのか?
小さなきっかけは色々あったが、結局のところレッスンを受け続けてきた年数と、舞台に立った回数がモノをいっている気がする。
決して飲み込みが早い方ではないけれど、カカシのようだった踊りも、いくらかマシになってきた。コマのように回るピルエットというターンも、まあまあ安定して回れるようになった。振付を覚えるのも少しは早くなったし、笑顔で顔を上げて踊れるようになった。
ダンスも当時よりは上手くなったし、舞台での振る舞いにも慣れてきた。
諦めないで続けてきたから、ここまで来られたのだろう。
「見てるくらいなら、あなたも踊りにおいでよ。楽しいよ」
それくらいの気持ちで踊れるようになった。誰もいないよりは、誰かが見ているくらいのが燃える。そう言えるようになった。
 
うさぎと亀の話がある。足の速いうさぎが油断して居眠りをしている間に、地道に進んだ亀がゴールするという話だ。
ダンサーという意味では、私は亀だ。
もっとも私の周りには、油断して居眠りをしているうさぎもいないけれど。
亀のようにのんびりとした速度だし、引っ越しや出産で休むことはあったけれど、それでも足を進め続けて「ダンサー」の領域までやってきた。進みつづけなければ、経験も重ねられない。
一方で私は、ダンスに関しては「続ける」以外の努力はあまりしていない。先生には怒られそうだが、家でのストレッチもほとんどしないし、発表会の直前でもなければ、家での練習もあまりしない。仕事や家庭が忙しいので……を言い訳に、ぼんやりとテレビを見ていたりする。
そんな有様でも、コツコツと時間を積み重ねれば到達できるものがあるのだと知った。
 
ダンスだけでなくさまざまな分野で、続けることの大切さが叫ばれる。文章でも、ダイエットでも、自己啓発でも、勉強でも。続ける大切さは何となく分かるものの、やっぱり脱落してしまうものもある。それでも、もし、そこに憧れる姿があるのなら、亀の歩みでもいいので、進み続けてみてはどうだろうか? 十年くらい続けてみたら、もしかしたらそこには、今までは想像もできなかった世界が広がっているかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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