大嫌いなことが「人生最高の感動」を与えてくれた日
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:佐藤 謙介(ライティングゼミ 秋の集中コース|11月開講)
「ケンスケくん、頑張れ~」
私は校内マラソン大会で、沿道の父兄から大声援を受けながら走っていました。息が上がり、今すぐにでも足を止めたくなるのを我慢し、私は走っていました。
その時私は心の中で
「僕を見ないで。恥ずかしい」
と呟いていました。
そう、私は断トツのビリだったのです。
◆3年連続マラソン大会ビリ|学校一の肥満児
小学校5年生の時に走ったマラソン大会で私はビリでした。そして6年生でもビリ。さらに中学に上がり、2つの小学校が合わさって倍の人数になったにも関わらずビリ。
そして中学2年生の時、私はついに禁断の手を使いました。
「仮病」
それくらい私は走ることが苦手だったのです。
そんな私が2019年9月、フランスのシャモニーという小さな町で「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(通称UTMB)」という世界最大のトレイルランニングのレースに参加し、走行距離170kmを44時間かけてゴールテープを切っていました。
マラソン大会3年連続ビリ(いや実際には4年連続ビリ)だった少年は30年後「ウルトラトレイルランナー」になっていました。
◆食べることは幸せ以外の何物でもなかった少年期
私は産まれたときにすでに体重が4200gありました。母は私が美味しそうにご飯を食べる姿を見るのが大好きで、私が好きなものを制限なく食べさせてくれました。
私も遠慮なく毎日食べました。
その結果、私の記憶が確かなら、小学校5年生の時に体重が60kg、6年生で70kg、中一で85kg、中二で100kgを超えました。
そんな肥満児が長距離走が好きなはずがありません。
それは大人になっても変わらず、35歳になるまで3km以上の距離を走った記憶はありませんでした。
◆ひょんなことから山を走ることに
ところがある日、友人から「白馬村でトレイルランニングの大会を開催することにしたから、友達を誘って参加してよ」と声をかけられました。
彼は白馬村出身で、夏の白馬村の「村おこし」で大会を企画したのです。
私は「走る」ことは嫌でしたが、当時「地方再生」に興味があったため「村おこし」には協力したいと思い、ノリで参加を決めてしまいました。
しかし、これが人生の転換点となったのです。
トレイルランニングとは、山の中を走ってタイムを競う山岳レースです。
当時の私は、大人になり身長が伸びてはいましたが、運動不足で相変わらず体重は100kgを超えていました。さすがにこの体重では走ることができないと思い、大会までの3か月間で体重を15kg減らし参加をしました。
ところが初めて参加したレースは、私の価値観を一変させてくれました。
白馬の大自然の中を走る爽快感は、これまで私が味わったことがない快感を与えてくれたのです。10kmのレースは一瞬で終わり「これは楽しい」と私はすぐにその魅力に取りつかれてしまいました。
それからトレイルランニングの魅力にはまった私は、良さそうなレースを見つけては参加するようになり、その距離もだんだんと伸びていきました。
そしてある日、トレイルランニングの世界最高峰のレース「UTMB」の存在を知ったのです。
それは、フランス、イタリア、スイスの中央に位置する「モンブラン」という山の周りをぐるっと一周走る、走行距離170km、累積獲得標高は1万m、制限時間46時間のウルトラトレイルレースでした。
そのレースの写真を見たときに「このレースに何としても出たい」と心に火がつき、それから7年間必死でトレーニングを重ねました。
◆ゴールだけを追い求めて走り続ける
そして2019年9月、ついに私はあこがれの舞台のスタート地点に立ったのです。
世界中の猛者でもこの大会の完走率は40%台の過酷なレースです。
人間の脳は自分の体が壊れそうになると、防衛本能が働き「止める理由」を作り出します。
「足が痛い。怪我したに違いない」
「これ以上の疲労で山に入ったら大けがの可能性がある。そうしたら仕事と家族はどうするんだ」
「ここまでこれただけでも十分凄い。止めても誰も責めたりなんかしない」
実際に体はボロボロです。足の裏には豆の下にさらに豆ができて激痛が走り、眠気で走りながら意識が飛び、今自分がどこにいるかすらわからなくなりました。
この精神と肉体との闘いが40時間以上、すべての選手に襲い掛かります。
この苦しみを止める方法は、レースを棄権するか、ゴールするかの2択です。そしてこれを乗り越えた先にしか本当のゴールはないのです。
そして私は44時間30分かけてモンブランを一周走り、シャモニーの街に戻ってきました。
沿道には数えきれないくらいの人が大声援を送っていました。英語、フランス語、そして中には日本語も。
みんなが「おかえり!!」「よくやった」「すごいぞ!!」と祝福を送ってくれました。
私は沿道の人たちに何度も
「ありがとう!! ありがとう!!」
と叫んでいました。
そして万感の拍手の中、私はゴールテープを切りました。
こらえようのない感情が沸き上がってきました。
「これだけの達成感と祝福を受けられる経験って人生で何度あるんだろう」
そう思わずにはいられませんでした。私は今でもあの時の感動を忘れることができません。
そして何より、その感動を与えてくれたのは、大嫌いだったはずの走ることだったのです。
2019年9月のあの日、大嫌いなことが「人生最高の感動」を与えてくれた日になったのです。
***
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