路傍の石はパルテノン神殿の価値に劣るか?
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記事:晒谷 昌克(ライティング・ゼミ集中コース)
パルテノン神殿は死ぬまでに行ってみたい観光地の一つだった。
教科書で知ったものには、なんとなくあこがれを抱く。特に歴史の教科書で見たものには。
私だけかもしれないが「何か特別なもの」として、雑誌やTVで知ったものと違う次元にある観光地である。私の中ではそれを「教科書物件」と呼んでいる。
6年前にギリシャを旅行する機会があった。ちょうどギリシャ危機でデモが頻繁に行われていた頃だ。
その旅行で私が一番行きたかったところは、当然パルテノン神殿だった。
パルテノン神殿のあるアテナイのアクロポリス(小高い丘)を登りながら、教科書の写真との対面に心がおどった。目の前に神殿が現れた時には足が止まり、しばらく見上げたまま動けなかった。
その荘厳な姿は教科書の小さな写真と違い、覆いかぶさるような威圧感ももっており、石柱のひとつひとつが数千年の歴史を刻まれて積み重なっていた。
よく名所には「がっかり」という表現の場所もあるが、パルテノン神殿はやはり「教科書物件」、と思わせる遺跡だった。
宿泊したホテルのロビーの床は一部がガラス張りになっていて、そこにはやはり石でできた構造物があり、2000年近く前の遺跡であると説明文が書いてあった。さすがはギリシャ、歴史の上で暮らしている国である。ガラス越しに何枚も写真を撮った。
その後の日程で数か所、有名な神殿や遺跡を訪れ、多くの石柱や構造物を観た。
崩れた石柱の一部が休憩用のベンチになっているところもあった。
ほぼ3日間、石を見続けた。
最後の朝、ホテルの近くにあったゼウス神殿を散策がてら訪れた時には、もはやどこにでもある石にしか見えなくなっていた。その感動の薄れは、写真の枚数でわかる。パルテノン神殿の1/10の枚数だった。本来であれば古代において最大の神殿を言われる遺跡は、もっと仰ぎ見るべきもののはずなのに……。
ブラタモリという番組をご存じだろうか?
私の大好きな番組で、5年前にレギュラー化されてから見始めている。毎回必ず録画し、見終わった後も消さずにずっと残してある。
知らない人のために説明すると、毎回タモリが日本の各地を訪れる紀行的番組なのだが、普通の旅番組とは全く違う。
それは、名所とか観光スポットを全然メインにしていない点だ。そして、食レポもない。
毎回、その土地に詳しい地質学者や考古学者が出てきて、地層や岩場に連れていき、その地域の成り立ちを万年単位で説明する。
なぜここが山になったのか?
なぜここに水が湧き出るのか?
そして、ここに人が住み、このように栄えたのは必然である、というように帰結する。
そうすると、道路わきにある石ころでさえも、それらを証明する証拠というような意味を持ってくる。
地質学に詳しいタモリは、いとおし気にその石を手に取り、しみじみと眺め、感嘆する。
あるいは、郷土史家や博物館の学芸員が出てきて、街が出来た経緯を川の流れや地形を元に説明する。それらは名勝のある観光地でなくてもどこにでもあるものだ。
一般的には人があまり興味をもたない視点から、その土地々々の特徴や、たどってきた物語をつまびらかにすることで、地域の新たな魅力を作り上げる。
この番組のおかげで私が住む富山県の隣県、石川県金沢市を違う視点で観光することが出来た。何百回も行ったことのある金沢が、まるで初めていった観光地のように新鮮に感じられた。
また、地元の博物館で手に入れた古地図を使って、生まれ育った町の過去の痕跡を訪ねて散策するブラマサも新たな楽しみになった。
ギリシャでの体験はやはり行かなければ得られない貴重なものだった。しかし、私の知識不足で、表面だけをなぞっただけのものになってしまった。その結果、見た目だけを評価し、その背景もわからずに同じ景色に飽きてしまったのだ。
それに対して、私にとって行きつくした金沢が、生まれた町が、道端の石が、新しく得た知識を通して見ることで、パルテノン神殿に劣らず魅力的な「物件」になった。
今私は困っている。
「教科書物件」へのあこがれは持ち続けたままだ。ギザのピラミッド、マチュピチュ、アンコールワットなど死ぬまでに行きたい場所はまだまだたくさん残っている。
しかし、その一方で国内の「ブラタモリ物件」、自分で開拓した「ブラマサ物件」など興味をそそる場所がどんどん増えているのだ。
価値はその人の心の中で作られる。
海外旅行がままならない今、新たな自分の「物件」を探してみてはいかがだろうか?
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