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漬物は日常をお祭りにする


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石川サチ子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
小学校時代。毎年夏休みになると保護者と一緒に日帰りで海や山に行く行事がありました。
 
「ほら、Mちゃんちのお母さんから」
「これは、Hちゃんのお母さんから」
 
マイクロバスに乗り込んで座席に着くとすぐに、タッパーに詰められたきゅうりや大根、株やにんじんの漬物が次々に回ってきました。
母は、「うめごだ(美味しい)」と言って次々に口に運び、ついでに爪楊枝に漬物を指して、私に差し出し、食べさせようとしました。私は「要らない」と言ってひとつも食べませんでした。
 
大人たちが漬物自慢をしてガヤガヤ話しているバスの中で、どれもしょっぱくて同じような味なのに、よくこんなものをバクバク食べるな、漬物を食べるくらいならチョコレートやクッキー、キャラメルをもらった方が何千倍も嬉しいのに、と思っていました。
 
そもそも、なぜ、大人たちは、漬物ごときでこんなに話が弾むのか、子どもの私にはさっぱり分かりません。
 
今、思い出すと凄いことだったと気づきます。
 
なぜなら、当時、近所のすべてのお母さんたちは漬物を当たり前のように作っていたのですから。
 
令和の時代、漬物を作るお母さんなんてどれくらい、いるんでしょうか。
 
私が生まれ育った家には、母屋のすぐ隣に味噌部屋があり、その横に漬物部屋と呼ばれる小さなスペースがありました。大きな樽や桶がいくつか並んでいて、常に何か漬けてあり、部屋に入ると、漬物独特の香りが漂ってきました。
 
周りの家も同じような感じでした。
 
夏はぬか漬け、秋はなすや株漬け、冬から春先はたくあん漬けが、食卓に並び、来客があると必ず漬物を出していました。
 
来客と言っても、ほとんどが近所か親戚のおじさん、おばさん。
茶の間のテーブルに向かって足を崩し、近況を話しながら、ボリボリと漬物を食べ、お茶を飲み、時々「ワッハッハ」と笑い、適当に時間を潰して帰って行ったのでした。
 
私は当時、子どもながらに、塩分が気になっていました。塩分を取り過ぎると血圧が高くなって、脳梗塞になるという話を聞きいていたからです。漬物ばかり食べている大人たちを心配していました。
 
きく子おばちゃんは、「血圧が高くて薬を飲んでいる、今日も病院帰り」と言いながら、漬物をボリボリ食べていたのです。
 
こんなに毎日漬物を食べているのに、80、90過ぎても元気でいることがもっと不思議でした。
 
実家を出て一人暮らしをするようになって、私の生活から漬物が消えました。
 
漬物の漬け方も分からなかったので、一生食べることはないだろうなあと思っていたのでした。
 
しかし、人生とは実に不思議です。予想外のことが起きてしまいました。
 
結婚した主人が、大の漬物好きだったのです。
 
「白菜の漬け物があれば、ごはんは軽く3倍はいける」
 
と言うくらい、漬物さえあれば、おかずは要らないというくらい、漬物ラブ。
 
「漬物を作って欲しい」と懇願されてしまったのです。
 
私は、まさか自分が漬物を漬けるなんて考えてもいませんでしたから、慌てて母から漬物の作り方を教わりました。当時もマンション暮らしでしたから、実家のように漬物部屋もなければ、漬物石もありません、大きな樽も桶もありません。
 
中フタに野菜をぎゅーっと押して漬物石のような効果がある容器をスーパーで買ってきて、キャベツやにんじんなどを漬物を漬けてみました。
 
半日漬けた浅漬けを、恐る恐る、食卓に出してみたところ、主人の反応はイマイチ。美味しそうではありません。
「練習すればそのうちおいしくなるから」と励ましてくれました。しかし、私は漬物の味を知りません。漬物の美味しいポイントは何なのか、さっぱり分かりませんでした。
 
それでも、せっせと頑張って漬物を作って主人に出すのですが、期待外れのようでいつも残ってしまいました。
 
だんだん漬物作りが重荷になって、止めてしまいました。
 
漬物作りを諦めて2年くらいたった頃。
 
図書館でたまたま借りたレシピ本から気になる記載を見つけました。
 
「料理は塩が決め手」と書いてあったのです。
 
どうやら、塩には、天然塩と化学塩があり、天然塩を使うと料理が美味しくなるようなのです。
 
そこには更に気になる一行がありました。
 
「塩の違いは、漬物を作るとよく分かります」
 
それまで、塩なんて気にしたことありませんでした。安い食卓塩を使っていましたから、天然塩というものと何がどう違うのか気になって、取り寄せてみました。
 
天然塩が届いて真っ先に作ってみたのが、漬物でした。
 
「野菜の分量の1パーセントの量の天然塩と野菜を漬け込むと、美味しい漬物が出来上がる」
 
と書いてありましたので、早速きゅうりの分量を量ってきざみ、ジップロックに入れて1パーセントの塩を混ぜて外からもみ、10分ほど放置しました。すると、きゅうりがから水分が出て、しんなりして来ました。
 
きゅうりの水分を絞って、一口。衝撃を受けてしまいました。
 
「美味しい」
 
これまで漬物なんて、しょっぱいだけで美味しいなんて一度も思ったことがありませんでしたが、天然塩を使ってできた漬物は、ほんのりきゅうりの甘みが出て、しょっぱさを感じないおいしさ。
 
主人にも味見してもらったところ、「美味しい」と驚いていました。
 
天然塩で漬ける漬物は、私の定番料理になりました。
 
一週間ほど前、友人に誘われ、一泊二日のツアーに参加しました。
30人ほどの参加者ですが、ほとんど知らない人たちばかり。
 
知らない人たちばかりなので、マイクロバスの中で気後れしてしまわないか、心配になりました。
 
もしかしたら、漬物作って持って行ったら話が弾むかもしれないと思って、漬物持参でバスに乗り込み、みんなに食べてみたところ、大好評。
 
知らない人たちなのに、あっという間に親しくなりました。
 
漬物は、最強のコミュニケーションツールでした。
 
本日も、夕飯は、漬物を作りました。
 
今年最後のきゅうりと1パーセントの天然塩、昆布をジップロックに入れて、揉み込み、しんなりさせ、水気を絞って皿に盛り付けました。
 
エクストラバージンオイルのオリーブオイルを一回しかけると、おしゃれなお料理に変身しました。
 
テーブルの真ん中に、ゴトッと置いて、家族の帰りを待ちながら、しばらく合っていない田舎の親戚や近所の人たちのことを思い出しました。
 
ポリポリと漬物を食べ、時々「ワッハッハ」と笑うシーンが鮮やかに蘇ってきました。
 
静かなリビングに、
 
「うめごだ(美味しいね)」
 
という声まで聞こえてきそうになって……
 
漬物の周りはいつもお祭りのように賑やかだったなあ。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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