メディアグランプリ

あこがれのクワス


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:一柳亮太(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「あった! やっと、本物のクワスを見つけた!」
思わず心のなかで叫んだ私は、震えるような気持ちでコップを受け取った。
 
クワスに初めて出会ったのは、子どもの頃読んだ本だった。あるソ連(今のロシア)の旅行記に、クワスは登場した。「夏、駅前や公園など街角で、タンクの回りに人だかりがしていたら、それがクワス売り。黒パンやフルーツを発酵させた甘い微炭酸の飲み物で、僅かにアルコールも」と。日本には無い飲み物に、興味を持った。最初は、単に知らない飲み物を飲んでみたい、という気軽なものだった。
 
だが、クワスは日本で売っていなかった。飲めないと知ると、ますます飲みたくなる。クワスへの興味はさらに強くなった。
 
大人になっても探していたけれど、見つからなかった。2回ほど足を運んだロシア料理のレストランでも、「クワスは扱っていない」「作っていない」と言われた。願っても思っても、飲むことが出来ない。興味を通り越して、恋い焦がれる存在になった。
 
ついに材料を集めて自作した。ネット上で見つけたレシピ通りに作ったけれど、出来たものは酸っぱかったり、米のとぎ汁のような匂いがするもので、とても飲めなかった。もっとも、それ以前に「正解」を知らないので、仮に出来たとしても本当にクワスなのか分からないのだ。
 
本当のクワスが飲みたい。答えは決まっていた。もうロシアへ行くしかない。だが調べると、残念なことが分かってきた。私が旅行記で読んだようなクワス売りは、年々数を減らしているそうだ。そもそも、クワス自体が、新しい飲み物に押されて下火になっているとも分かった。早く行きたいと焦りつつ、ロシアの旅行は敷居が高かった。
 
クワスを作ろうとしてから2年後、日本に一番近いロシア、サハリンを訪ねる機会に恵まれた。州都のユジノサハリンスクに着いたのは夜中。ロシアの決まりで、到着日はホテルにパスポートを預けなければならず、しかもパスポート無しでは外出禁止。だけど、どうしても行きたくて、近くのスーパーへ向かった。目的はもちろん、クワスを探すため。
 
案ずるよりも簡単に、飲料コーナーに「Квас」の文字を見つけた。Квасはロシア語でクワス。しっかり事前にメモしておいた。コーラやジュースは飲みきりサイズのボトルがあるのに、なぜかクワスは大きなボトルだけ。しかし4種類ほど置いてあった。少し迷って、うち2種類を買って宿で開けてみた。いよいよクワスを飲む時が来たのだ。
 
「プシュ」と軽くガスが抜ける音がして、黒ビールのような見た目の液体をグラスに注ぐ。一口飲む。パンの香ばしい匂いが。そして甘い。あとはひたすら甘いだけ。ビールの麦らしさに、ルートビアの甘さを混ぜて、ライ麦パンの匂いを付けたような、不思議な飲み物だった。ずっと願っていたクワスをやっと飲めた感動で、ひたすら一心不乱に飲み続けていた。
 
長年の夢を達成できて、私自身が気の抜けたクワスのようになっていた。しばらく、宿のソファーに座り続けていたと思う。たかが飲み物で、と思われるかもしれない。だが私にとっては、恋い焦がれた28年間だったのだ。まだ初日なのに、旅の目的が終わったかのように思えてしまった。
 
クワスの旅はこれで終わらなかった。翌日訪ねたコルサコフという街では、地ビールならぬ「地クワス」が売られていた。思わず買って飲むと、昨日スーパーで買ったクワスと、風味や味の深さが格段に違う。新鮮で美味しい。
 
こうなれば、目指すものはあと一つ。街角で売られているタンクのクワス売りからクワスを買うこと。どこで売っているのか分からない。聞くだけの語学力も無い。よし、ユジノサハリンスクの街を歩き回って、人が集まりそうな所で探してみよう。
 
だけれども、ユジノサハリンスクの街はそれほど大きくなく、そもそも人が集まる場所が少なかった。旅行記に出てきたような駅前や公園にも行ってみたけれど、駅前はそもそも列車の発着が少なくて人がいない。公園は大きすぎて、探しきれなかった。それでも園内の人が集まる場所へ行ったけれど、焼きトウモロコシ売りは居てもクワス売りは見つからない。
 
ハッとした。クワスは夏の飲み物。今は9月半ば。もうサハリンの夏は終わってしまったのだ。ここまで来て、前提を忘れていた。ショックで疲れが出てきた。もう歩く気力も無くなって、手近に来たバスに乗ってしまう。どこへ行くか分からないけど、小さな街だ。ホテルの近くへ行くだろう。
 
ある交差点で、人が一斉に降りていた。どうやら街の中心で、ホテルにも近そうだ。バスのステップを飛び降りた瞬間、目の前に居た。街角のクワス売りだ。あれだけ探したのに、最後に見つかるなんて!
 
ソ連時代のようなタンクではなくて、大きなキーパーのような容器だったけれど、確かに街角のクワス売りだった。ポケットから10ルーブルのコインを取り出して机に置くと、コップになみなみと注がれたクワスが置かれた。今まで飲んだクワスが全部流れていくような、美味しいクワスだった。コップやタンクの写真を撮っていると、売り子のおばさまが怪訝そうに見てきた。それはそうだろう。みんな当たり前のようにサッと飲んでいくのに、言葉もできない日本人が嬉しそうに写真を撮っているのだから。
 
この後、あまりの感動で、本当に体調を崩した。そのせいで「スーパーでクワスを買って持ち帰る」という計画は実現できなかったけれど、それで良かった。またクワスを飲みにロシアへ行こう、という次への気持ちで満たされたのだから。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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