正しいアドバイスとは?
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:串間ひとみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「先生、エル……◎△$♪×¥●&%#?! ありますか?」
「何って?」
「エル……◎△$♪×¥●&%#?! 先輩が言ってるんですけど……」
何が欲しかったのかが全然伝わらず、私が直接聞きに行った相手は、東京のレストランで働く現役料理人の卒業生だ。仮にS君としておく。ちなみに先ほどの会話の中に出てきた、謎の単語の答えは「エルブ・ド・プロヴァンス(フランスのプロヴァンス地方で使われる様々なハーブをブレンドしたもの)」である。授業の中で取り扱ったことがなかったので、聞きに来てくれた生徒が分からなくても仕方がない。
私の学校では、卒業前の3年生が保護者に向けてフルコースをふるまうという行事がある。今年はコロナのせいでその開催が危ぶまれているのだが、どんな形であれ、料理を提供するためには、それ相応の準備が必要なので、調理実習の時間に試作をしているところだ。材料と作り方を提供されて作ってきた料理と違って、お食事会では、一から自分たちのイメージする料理を材料から盛り付けまで考えなくてはならず、やることのハードルは一気に上がる。生徒たちは、前菜、スープ、パン、魚料理、肉料理、サラダ、デザートに分かれ作業をしているが、それぞれの料理で煮詰まっているようだった。そんな時にちょうどS君が1週間ほど帰省をしていたため、渡りに船とばかりに、彼に試作品のアドバイスを頼んだのだ。突然調理実習室にやってきて、謎の調理用語をまくしたて、すごい勢いで食材を切ったり、焼いたりしているS君に圧倒され、「エルブ・ド・プロヴァンス」という得体のしれないものについて、名前を聞き返すことも、何であるかも質問できず、私のところに来たというわけだ。
全ての料理が出来上がり、S君と、私で試食を始めた。各料理の担当者たちが緊張の面持ちで彼のコメントを待ち構えている。ちなみに料理の味見は命がけだと思う。ときどき、「これは味見ではなく、毒見だったのではないか?」と疑いたくなるような味に出会うことがあるからだ。そして悲しいかな、今日もそんな味に出会ってしまった。
その料理だけでなく、全ての料理の担当者に対して、S君は
「どうしよっか?」
と、試食後に言っていた。少し違和感を覚える言葉だった。私の場合は
「ここがこうだから、こうした方がいいよ」
という、まさにアドバイス的な言葉を使っている。
自分ができることを、経験したことがない人に教え、同じレベルでやらせることは難しい。もちろん教えるということが好きで、苦にならないという人もいるだろう。しかし限られた時間の中では、相手の理解度に合わせて教える手間よりも、自分なりに出した結果を伝えるだけの方が早いので、つい時間がかかる工程をすっとばしたい衝動に駆られる。そうすると、一般企業では若手が育たない、学校だと生徒が育たないということになるので、その衝動を抑えて、腰を据えて、相手とじっくり向き合うこととなるのだが。
S君にとっての料理はまさにできることである。ところが彼を取り囲んでいる生徒たちは、料理の知識や技術が多少あるとはいえ、「エルブ・ド・プロヴァンス」のお使いもできないほど、圧倒的なレベルの差がある。その差が大きければ、大きいほど、教えることが難しく感じるのではないかと思う。しかし、S君の「どうしよっか?」という言葉は、相手に意見を求め、それを咀嚼し、相手が理解できる形に変換して返すという、手間のかかるルートを通る言葉だ。
アドバイスを求められるとき、「こうした方がいいよ」という言葉を使いがちだ。「方がいいよ」という柔らかいニュアンスでごまかしているが、体のいい押し付けである。S君の言葉は、「生徒たちの意見を聞いて、それに対してどうやって近づけるか?」というアドバイスだったのに対し、私のアドバイスは、生徒たちの作りたいものに対して、「こうするべき」というアドバイスだった。
そんなレベル差のある生徒の意見を取り入れるこわそうに見えて実は優しいS君だが、言うべきことはちゃんと言う。
魚料理を食べたとき、
「最後手抜いたろ? ちゃんと出す前に温めなおさないと。そしたらもっとふわっとなって、もっと美味しく食べられるのに!」
肉料理を食べる前も、
「皿汚すぎやろ!」
そう言いながら、盛り付けの時についたであろう皿のふちのソースをオーバーに拭いて見せた。素人相手でも、彼の言葉に妥協はない。だけど、決して怒っているとか、攻めているという口調ではなかった。たぶん料理を出すまでの指示をきちんとしたうえでの言葉だったのだと思う。そして、そこまでできないことも折り込み済みで、でも次はできるようにという彼なりのパフォーマンスなんだろうなと思った。
私以上に細かいところにまで、結構強い口調でアドバイスをしていたS君について、班長さんたちに聞いてみた。
「正直怖かったですけど、細かく注意してもらえてよかったです。知らないことをたくさん教えてもらいました」
先輩の仕事への姿勢と優しさは伝わっていた。
それにしても納得いかないのは、普段気を抜くとすぐに座ろうとする生徒たちが、全員直立不動でしっかりメモを取りながらS君のアドバイスを聞いていたことだ。私だと、ここまで要求するのは酷かなと忖度してしまうこともあるので、自分たちの可能性を引き出してくれようとする先輩のアドバイスは嬉しかったのだろう。卒業生に負けていられない。私も生徒達の可能性に妥協せず向き合おうと思った。
***
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