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鮮やかさが落ち着くとき


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:河田愛(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
私には行きつけの喫茶店がある。
毎日のように入り浸っているところだ。
いつも同じ時間、同じ場所、同じメニューを頼む。今日もいつも通りだった。
大学が終わってから喫茶店へ向かい、着いたのは16:45。扉を開けて、窓から公園の見える店の一番奥の席に着く。私が座るのは二人用のそんなに大きくはない席で、テーブルは四角く、角が欠けていた。しかし、それはみすぼらしく見えることはなく、むしろ静かでひっそりとしているけれど暖かなこの店の雰囲気にとてもよく溶け込んでいた。
メニューを開いて、いつものように私はカフェオレを頼もうとした。
私はそこでふと違和感を感じた。
 
いつもと違う……。
 
私は違和感のもとに視線を向けた。
そこには初めて見るウエイターの男性が立っていた。いつもなら水野さんというウエイトレスの人が来てくれていた。
歳は私と同じくらいだろうか。風が吹けばさらりとなびきそうな癖のない黒髪、目じりが少し上がったきりっとした目つきだがその双眸は穏やかな優しさをたたえているように見える。口の端が緩やかに上げられていてそれがまた優しげな雰囲気を醸し出している。
好青年という言葉がとてもよく似合う。
結婚相手として両親に紹介したら一目で気に入られそうな感じだ。
「ご注文はいつものカフェオレですか?」
彼の口元が動いて、低すぎず高すぎない爽やかな声が発せられた。
「えっと、あ、はい」
なんとも気の抜けた返事をしてしまった。私は途端に恥ずかしくなって頬がカッと熱くなった。
「いつもここの席に座ってカフェオレを頼む学生さんがいらっしゃるとマスターから聞いて……。水野さんがしばらくお休みになられるのでお手伝いさせていただくことになった篠崎です。よろしくお願いします」
ふわっと目を細めて挨拶をする彼に私は息がつまってしまって、小さな声でよろしくお願いしますと言って視線をさまよわせるばかりだった。
 
いつもは優雅にカフェオレを飲みながら、大学の課題をしたり、マスターと世間話をしたりしてのんびり過ごすはずの時間が、篠崎晴希という人間の存在で心臓がせわしない時間に変わってしまったことを私はこの時に悟った。
 
この喫茶店は知る人ぞ知るといったような場所だったためあまり店内には人がいない。近くに大学があるにも関わらずカフェ好きの学生が訪れるといったことも稀だった。
そのため暇を持て余したマスターが私によく話しかけてきたものだが、最近はめっきり話しかけてこない。その代わり篠崎さんが話しかけてくるようになった。その様子をマスターがこっそり影からのぞいてはニヤニヤしては、うらやましいねぇだなんて独り言をこぼしていた。
はっきり言って、かつての平穏な時間を返せという気持ちがないわけではなかったが、彼と会えると思うと喫茶店までの道を駆けだしてしまいそうになるのも事実だった。
しかしそれは恋とは違うことを私はなんとなく分かっていた。
彼に抱く思いは画面越しにアイドルを見るような感じだ。きれいなものをきれいだと心の底から惚れ惚れと眺めているだけで、手をつなぐだとか、抱きしめられたいだとか、恋人という関係になりたいだなんてことは全く考えていなかった。
篠崎さんは私より一つ年上で、隣の市の大学に通う3年生だった。この喫茶店で働いていたからもしかしたら同じ大学かと思ったが、こんな人が同じ大学に居たら噂になっていて、そういった類の噂に疎い私でも知っているはずだ。
お互いにいろいろ話すうちに彼のことを知っていった。
ギター小僧の弟と画家の卵の妹がいること。好きな食べ物はハンバーグで嫌いな食べ物はピーマン。お酒はビール1缶で酔ってしまってすぐ寝てしまうため強くないこと。休日は昼前に起きて、昼食はカップ麺、そこからバイトをして夕食は賄いで済ませて、家に帰ってきたら映画を明け方まで何本も見るそうだ。
品行方正な爽やかな見た目とは裏腹になかなか不規則な生活のようだ。
なんだか急に彼が同級生の男子たちと同じように見えて、そのことにおかしくなって笑ってしまった。
彼と話すことは楽しかった。聞き上手な人で私からどんどん話を引き出していってしまうのだ。
 
彼にはじめて会ってからどれほど経っただろうか。
季節は蝉がやかましいほど鳴くころから半袖では少し肌寒い時期へ変わっていた。
私はいつものように大学帰りに喫茶店を訪れ、いつもと同じ公園の見える窓の席につき、いつもと同じテーブルの欠けた角を見た。そしていつもと同じようにカフェオレをいつもと同じように篠崎さんに頼んだ。
そして篠崎さんはいつもと同じように私に話しかけて私はそれに答えた。
 
いつも通りだ……。
 
私に話しかける篠崎さんの顔をじっと見つめるけれど、心臓が騒ぐことはない。彼がふわっと目を細めるけれど息がつまりそうになることはなかった。
もう違和感も、非日常もそこにはなかった。
なぜだろう。彼は出会ったときとほとんど変わっていない。それなのに私の心の騒ぎ方が出会ったころと変わった。
 
ああ、もう彼が私の日常の中に当たり前のこととしてしみ込んだんだ。
 
そう分かった途端、少し悲しくなった。
彼がどれほど魅力的であっても、何度も顔を合わせて話すうちに私は彼に慣れきって、自分の『いつも通り』にしてしまったんだ。
記憶が消えそうなほどの時間を経て出会い直さない限り私はもう彼に呼吸を奪われるような魅力を感じることはないかもしれない。
 
慣れきる心が恐ろしい。
 
背を駆け上がった震えに顔を歪んで、それを彼から隠すようにうつむいて冷えたカフェオレを飲んだ。
のどを通り抜けたカフェオレの味がいつもよりも薄いような気がした。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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