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その言葉は私に届いた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:クヌギヤマナオコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
大学生の頃、いつも心で反芻していた言葉がある。
 
「世界は詩なのに」
 
これは、有名な詩人の言葉ではない。
大学生の私が日々読んでいた、女子高校生のブログに書かれていた言葉だ。
 
その高校生は旭川に住んでいた。
20年くらい前のことだ。
東京から出たことがなく、実家から池袋の大学に通っていた私には旭川なんて外国くらい遠いところで、なんだか架空の町みたいな気がしていた。
寒くて、しんとしていて、いつも雪が降ってるみたいな白い町。
 
彼女は旭川北高校の生徒で、書かれているのは普通にその日にあったことなのだが、普通と違うのはそこに詩のような言葉があったことだ。
その日の日記の最後に、あるいは途中に、それは突然はさみ込まれてきて、本当にそれはまるで自分の胸に直に差し込まれているのかと思うほどに、私の心を揺さぶった。
 
日記に書かれる内容は学校のこと、家族のこと、よく行くファミレスの「びっくりドンキー」のこと、そして一番多く書かれていたのは、かなり年上で車も持っているKという彼氏のことだった。
こう書くと女子高生のちょっと他人の目を意識した、イケてる自分を見せるための日記と思われるかもしれない。がっつり付き合っている車持ちの彼氏がいるなんて、女子高生界では結構自慢できることだから。
 
でも、そんな自慢めいたところはひとつもなく、彼女とKの関係は人間と人間が真正面から向き合うしんどさが満載で、でもそれを淡々と「こんなことがあり、こうした」という出来事メインで書いてあるのだった。
私は驚いた。
なぜなら、淡々と書かれてはいるけれど、出来事や彼女の行動からして、その心情は淡々となどしていないことは明らかだったから。
 
飲みかけのペットボトルを投げつけたり、深夜に家を抜け出して会ったり、一緒に乗っていた車から下りてひとりで帰ったり。
そこまで圧の高い行動をとりながら、でもブログに気持ちを綿々と綴ったりは一切しない。
 
「高校生がここまで淡々と恋愛を記録できるんだ……」
 
私は大学生だったけれど、こんなに気持ちを抑えた日記を書けてはいなかったし、書ける気もしなかった。
そして、そんな彼女がその淡々とした記録の中に突然入れてくる詩みたいな言葉に、私はいつも心を持っていかれた。
 
ある日、彼女がこう書いていた。
 
「世界は詩なのに」
 
それは、私の胸にグッと刺さってきた。
世界には詩になるものと詩にならないものがある訳ではなくて、世界そのものが詩だ、というのだ。
 
世界は詩なのか?
普通にこの言葉だけをとらえて、世界がイコール詩かを考えると疑問だ。いや、疑問というか、そのふたつがイコールだということを理屈で説明することはできないように思う。
それなのに、恐らく不本意である彼女の心情が何となく伝わった状態で読むそれは、理屈など飛び越えて本当にそうなのだとしか思えない迫力があった。
 
でも彼女は「世界は詩なんだ」とは言わなかった。
「詩なんだ」と「詩なのに」では全然ちがう。
 
「世界は詩なんだ」は、世界が詩であることを発見したときに生まれる感覚だが、「詩なのに」は、既に世界が詩であることは自明で、その上でそれを信じられなくなりそうなことがあっても、心を静めてより強く信じようとする祈りのような感覚だ。
 
彼女の日記からは、自分の生活が人生が自分の身に起こることがどうであっても、世界を詩だと信じる静かな信仰心のようなものを感じた。
理屈では説明できないことを信じる高校生の彼女は、キリスト教が認められていなかった時代の潜伏キリシタンのように健気で純粋に見えた。
 
世界は詩なのに。誰に否定されても、みんなに分からなくても。
 
私は、そんなふうに世界が詩であることを前提には生きていなかったけど、彼女が詩だと信じていてくれることで救われた気持ちになることがあった。
私がすごくこの世界に疲れたとき、例えばサークルの仲間と上手く人間関係が結べなくなったとき、付き合っている人との仲が不穏になって心のつながりが感じられなくなったとき、そういうとき「世界は詩なんだ」と自分に言い聞かせた。
 
「私には分からなくても、世界は詩なんだ」
 
自分の周りがぐちゃぐちゃになっていても、世界が詩なら大丈夫な気がした。
そして、それを自分が分からなくてもいいということで、とても気持ちが軽くなった。
私の代わりに彼女が信じていてくれるから。
 
多分、詩というもののイメージが私を救ってくれたのだと思う。
どんな最悪な状況も、どんな汚い感情も、詩になればすべて美しくなる。美しくなるというのは、良しとされること、肯定されること。
このぐっちゃぐちゃの状況も、自分の中によどんでいるどろどろの感情も、このままで良いのだ、そう思えた。だって世界は、全ては詩なのだから。
 
そう思うことで、自力では解決不可能に感じられる状況を一旦手放すことができた。
自分自身の手ではどうすることもできない苦しさも、思うように行動できない自分の未熟さも。
 
「世界は詩だから、大丈夫」
 
深夜、パソコンの前で、私は何度も涙を流した。
 
そんな風に彼女の日記を読み続けて2年、ある日の日記に私は飛び上がるくらい驚いた。進学で上京するというのだが、それがまさに私の通う大学だったのだ。さらに書かれている学部・学科までもが私と同じだった。
 
言葉が出なかった。黙って息を吸い込んで、画面にある自分の大学の名前を見ていた。
突然、架空の町の女子高生が、リアルな人間として目の前に現れた気がした。今、私が見ているこの文字も、その人がキーボードでついさっき打ったものなのだ。人間が書いたものを私は読んでいたのだ。
 
それは、衝撃だった。
「世界は詩なのに」
その言葉そのものに救われていたのだけど、それ書いたのは人間だったのだと初めて実感した。それをつぶやいた彼女も人間で読んだ私も人間で、私は「この人」に救われていたんだ、と初めて気づいた。
 
書かれた言葉を読むとき、私たちはいつもひとりだ。
文字を追って、ひとりひとりが頭の中で世界を作る。誰かといっしょに本をのぞきこんでいたとしても、同じ本を貸し借りしても、気に入った記事を共有しても、頭の中の世界まで共有することはできない。
 
そして、同じように私たちは書くときもひとりなのだ。いつだって自分だけの世界から、その言葉を紡いでいる。
 
人が人を救う。
それは、なにも身近な人間同士の間でだけ起こることじゃない。
言葉を通じて、どんなに遠くにいても起こりうる。言葉は時間も空間も超えて、読んでいる人間に届くのだ。
そして、その言葉は脳内に直に世界を立ち上げてくれる。その世界は確かに読んでいるひとりだけのものだけれど、でも寂しくない。書いた人がいるからだ。
 
もし「世界は詩なのに」という言葉が、AIか何かがはじき出した何の背景もない言葉だったのなら、私はちっとも心を動かされることはなかっただろう。
 
人が生きていて、はじめて言葉は生まれる。
たったひとりで書いた言葉が、ひとりぼっちで読む人間を救う。そこにはふたりしかいない。それは、本当に甘くて濃密で、誰も見ていないところで抱きしめられるみたいな体験なんだと思う。
 
彼女に言いたい。
改めて、言葉を届けてくれてありがとう。抱きしめてくれてありがとう。
世界は詩だった、本当に。
 
***
 
 
 
 
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2020-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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