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祖母の決意とぼくのお見舞い


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記事:能勢 拓人(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
深緑色のまだ暖かい包み紙をカバンに忍ばせて、祖母が入院している病院へ足を踏み入れた。受付を通り、エレベーターに乗って、病室へ向かう。祖母の病状が分からない。
廊下を歩いている間も迷い続けていた。この包みを渡していいものなのだろうか。
 
祖母の胃ガンが見つかったのは昨年の夏休み。
数年前から胆石ができやすくなり、何度目かの内視鏡手術。その途中で腫瘍が見つかった。検査の結果、陽性だった。医師からは胃の全摘手術を勧められたが、祖母の決意は固かった。
「治療はしない」と。
 
祖母は長く病院事務をしていた。痛みを堪えながら治療をする患者と、介護に疲れていく家族。優しくしたくても、ついお互いつらく当たってしまう。そんな場面を目の前にしてきたそうだ。
 
食べることに生きがいを感じる祖母に胃ガンは特に辛かった。胃を全摘してしまうとご飯は食べられない。命を繋ぎとめるだけの治療は不要という決断を、祖母自身が下した。食べられなくて介護が必要になったら、すぐに病院に入れてくれと。
 
僕は昔からおばあちゃん子だった。子供の頃は1人で祖母の家に泊まりに行って一緒に料理をしたし、大学生になると美味しいものを2人で食べに行ったりもする仲だった。そんな祖母から食べることを奪うことがどれほど残酷なことか、痛いほどよくわかる。
だから、半年でも1年でも美味しいものを食べながら生きたいと祖母から聞かされた時、「そうやね、それがええ」とだけ答えた。
 
それから半年ほど経つと、徐々に食べ物を受け付けなくなり、食後にトイレに駆け込むことが増えた。病院では胃以外は悪いところがないと言われたが、祖母の症状は日に日に悪くなっているように感じられた。
そんな状態がさらに半年ほど続き、医師と相談の上、緩和ケア専門の病院を紹介してもらうことになった。そしてこの秋、3週間のお試し入院をすることになった。
最後を自宅で過ごすのか、病院で過ごすのか。祖母自身で判断できるようにと、病院の計らいだった。
 
外部からの感染症を懸念して、面会は1日1回、2人までと決められている。親は着替えを持っていかなければならないし、親戚もお見舞いに来る。僕の順番が回ってきたのは2週間経ってからだった。
母からは、
「治療はしていないから食事制限はない。でも、あんまりご飯も食べられへんし、調子も悪そう。お土産は買わんでええしな」
と、言われていた。どんな状態か分からず、不安が募る一方だった。
 
面会当日、僕は病院とは逆方向の電車に乗った。数日前から決めていた。でも、食べられないと聞いていて、すごく迷ってもいた。祖母は食べられないかもしれない。でもこれが最後のチャンスかもしれない。とりあえず買いに行こう。祖母の好物を。
 
京阪電車の祇園四条で降り、四条大橋を渡る。寺町通りと京極通りの間にある路面店で買い物を済ませ、再び京阪電車に乗った。
電車に乗っている間も、病室に続く廊下でも、何度も考えた。やっぱり渡すのはやめようか。そのまま家に持って帰ろうか。食べられないのに、お見舞いなんて買ってきて……。祖母の困った顔と喜んだ顔を交互に想像して何度もためらう。
(もし、無理だったら、そのまま持ち帰ろう)
そう心に決め、病室に入った。
 
祖母は椅子に座ってテレビを見ていた。
僕に気付くと笑顔で迎え入れてくれた祖母に挨拶を交わし、向かいの椅子に腰かけた。
看護師さんたちは良くしてくれている。自分で出来ないことも増え、家に戻れないかもと、ぽつぽつと語る祖母。何の力にもなれず、ただうなずくことしかできなかった。
会話が途切れた時、聞くだけ聞いてみようと思い、鞄に手を伸ばす。
「もし食べられへんかったら、ごめん。でも好きやと思って……」
「何持ってきたん? あたし食べられへんで」と訝しげな表情の祖母。
でも、深緑色の包み紙を見た瞬間に祖母が笑顔になった。
「食べる!」と答えてくれてほっとした。
 
京都の老舗、『林万昌堂』の甘栗。
子供の頃から祖母とよく、一緒に皮をむいて食べたのだ。ゼリーのような柔らかいものを買っていたならここまで迷うことはなかった。けれど、祖母はゼリー状のものが苦手なのだ。
昔のように皮を自分で剥くことは出来なかったけれど、僕が剥いた甘栗を前歯で少しずつ齧りながら、
「まだ暖かくて美味しい。やっぱり栗はええね」
と言いながら食べてくれた。胃ガンで苦しいはずなのに。食べている途中も無理していないかなと不安だった。でも、嬉しそうに食べている祖母の顔は本当においしそうだった。
そろそろ帰り支度をしようと包みを仕舞おうとした。皮が剥けないから置いて帰っても仕方がない。
 
その時、祖母から思いがけない言葉が発せられた。
「もう一個剥いて」
涙が流れないよう、必死に力を込めた。ほんとに美味しかったのだ。胃が苦しくても食べたいほど。
 
人に何かを渡す時に、こんなに迷ったことは今までなかった。それに、喜んでもらえたことに、こんなに嬉しいと感じたことも初めてだった。
プレゼントやお祝いを贈ることは今までもあった。でも、結局のところプレゼントを用意している自分、渡している自分、結局自分に酔っていただけなのかもしれない。
でも、今回は違った。ただ、祖母に喜んで欲しかった。たった2粒の甘栗。喜んでくれるだけで、こんなにも嬉しいだなんて知らなかった。
 
2つ目を食べ終わるころに面会時間が終了した。また家で待っていると声をかけ、病棟を後にした。
 
1週間後、祖母は予定通り家に戻ってきたが、様子を見ている限り、もう栗を食べるのは難しいだろう。
 
あの時、『持って行かない』という判断をしても、間違いではなったと思う。
でも、病室で一緒に甘栗を食べた祖母の顔を、一生忘れない。
あの時一緒に食べた栗の味も。
 
 
 
 
***

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2020-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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