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メディアグランプリ

記憶のドアとラジオのチューニング


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事: 和田なおみ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「私のこと、誰かわかりますかぁ?」
気持ちを込めて、ゆっくりとその人に話しかけた。
 
「ワンパターンなフレーズだなぁ。もっと気のきいた質問がないのだろうか?」
ソファーに座りながらいつもそう思う。でも、ここ数か月は、いつもこの問いかけから始めてしまう。 「どうか、私を忘れていませんように、私の名を覚えていますように」 と祈りながら。
同じ目の高さで見つめ合ったまま、私はゆっくりと息をのんだ。
なるべくこの1か月をうめたい。元気で過ごせただろうか? 変わりはなかっただろうか?
この瞬間に神経を集中させる。
 
口角の位置を変え、穏やかな笑顔、満面の笑み。おどけた表情等をよそおう。
笑顔のバリエーション。といっても、モデルのようにポーズを変えるわけではない。この笑顔で安心感を伝えたい。 「会いに来る人がいる。私は忘れられていなかった」 そのような喜びに似た安心感。人は、どんな状況でも存在を認めてもらいたいものだ。記憶から名前が消える。それはどんな感情なのだろう?私はいつもそう思うのだ。
せめてこの時だけでも、ほっこり安堵して欲しい。顔の表情を微妙に変えて、記憶のドアを静かにノックしてみる。記憶のドアが開きますように。
 
おっと、マスクの存在を忘れていた。いくら口角の角度を変えても、相手から私の口元は見えない。私の努力が顔半分になった。
感染予防とはいえ、このマスクが恨めしい。正直いうと邪魔だ。マスクの下で、思いっきり笑顔をしているのに。あとは、私の顔上半分と表現力で訴えるしかない。眉を上げ下げする。目で微笑んで、想いを必死で伝えよう。
 
傍からみると、なんとも不思議な光景だろう。
今にも、にらめっこが始まりそうだ。大の大人がふたり、ひっそりと見つめ合っているのだから。記憶のドアはゆっくりと開くのか? 時間的にはどれくらいだろう? 20、30秒ぐらい。時がとまるので、間隔がわからなくなる。相手によっても違う。相手の第一声まで、とにかく記憶のドアの前でたたずむのだ。
 
さらに透明な壁があった。相手と私の間に、ビニールのパーテーションが置かれている。そこは感染予防のための面会ブースなのだ。
 
私は少しマスクを下ろし、顔を見せた。「私が誰か、わかりますかぁ?」
透明な壁の向こうで、車いすの高齢女性が、少しかん高い声をあげた。
 
「和田さん!」
イキイキとしたまなざし、しっかりとしたハリのある声だ。
記憶のドアがゆっくりと開いたのだ。認知症でも、私の名前を思い出し、しっかりと答えて下さったのだ。
やったぁ~!よかった! ほっとする瞬間、あたたかな雰囲気に包まれる。この瞬間が喜びと信頼に変わるのだ。
 
新型コロナ感染症で施設や病院は面会制限をしている。面会が可能か否かは都道府県の感染状況で日々変わるのだ。なので数か月、面会ができない日々が続いた。
私のことを忘れてはいないか? 記憶のドアが閉まってはいないか? 面会のたびに、いつもドキドキするのだ。
 
面会の機会と記憶のドアは、関係するかもしれないからだ。
「誰か、わかるかな?」 「誰かな?わからんなあ~」 こういう会話は、家族でも、悲しいかもしれない。
 
成年後見人をご存じだろうか? 認知症や障がいにより、判断能力がおとろえてしまった人の代理で、法律行為をする仕事だ。
「法律行為?」 そう言っただけで、敬遠されそうだ。
この堅苦しさが、成年後見制度の知名度の低さに関係しているかもしれない。
 
ご本人の代わりに、通帳を預かり、施設費や入院費の支払い、自宅の管理をする。これを財産管理という。一般的には、高齢の親の代わりに、娘や息子、兄妹がその役割を果たすだろう。興味がないかもしれないが、こういう制度を知っていて欲しいと思う。
 
私の担当する方たちは、家族との間に深い溝があり、絆が切れかかっていることが多い。そして、認知症なのだ。
 
介護サービスの契約、入退院の手続き、月1回の面会は後見業務だ。私は、施設や病院へ車を走らせる。支払いを済ませ、ご本人の元へ向かうのだ。これもまじめな法律行為、身上保護という。
 
油断すると私の名前を忘れてしまう。その可能性をゼロに近づけたい。
家族との深い溝を埋め、絆を結びなおすことは、もはやなかなか難しい。ご本人の存命中、家族と面会できるのは、ゼロではないが至難のわざだ。だから私は記憶のドアをやさしくノックする。面会に来る人がいる。忘却されてはいない。せめてそんな安心感を味わって欲しいのだ。記憶のドアが 『開かずの扉』 にならなぬよう。そう願うのである。
 
目の前の高齢者とほほえみあう。この瞬間が、たまらなく好きだ。これは、ラジオのチューニングに似ている。雑音なくクリアな状態で、心と心が通じ合うのだ。鳥肌が立ちそうになる。毎月この瞬間のために、この仕事を続けている。胃が痛くなる時もある、でもやめられない。いつもそう思うのだ。
 
目線を合わせ、マスクの下で、ほほえみ合う。 「後見人の和田よ、和田が来ましたよ~!」 とつぶやきながら。
 
 
 
 
***

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2020-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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