fbpx
メディアグランプリ

旅の記憶の片隅に眠る、ほろ苦い成長記録


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石田友希(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
今年に入ってからというもの、海外渡航がすっかり縁遠くなってしまったが、
つい数年前までは「行けるうちに行っておこう」と、何とか時間とお金をやりくりして
年に1度の貧乏旅行に出かけていた。
 
あれは、3泊5日のオランダ弾丸旅行を計画した年のこと。
私は旅の前日、はやる気持ちを抑えながら、事前にやっておくべき仕事を片付けていた。
一通り作業が終わって時計を見ると、時刻は夜9時を過ぎたところだった。
「やっと帰れる」と、ホッとしたのも束の間、静まり返った社内には、新人Mが居残り、パソコンに向かっていたのだ。
「まだ作業、続きそう?」と尋ねる私に、Mは力なく「はい」と答えると、カタカタと
キーボードを鳴らしながら「15日までの提出書類を作っています」と続けた。
 
……ちょっと待って、と私は心の中でつぶやいた。
その日は13日で、聞けば翌日Mも休みとのこと。
何としてでも今日のうちに終わらせなければならない状況だったのだ。
書類には第三者の確認も必要で、あたりを見渡せば、私とMの二人だけ。
こともあろうに、私はMを待つことになってしまった。ちなみに翌日の出発時刻は朝の
5時だ。始発の新幹線を逃すとオランダ行きの飛行機に乗れなくなってしまうという
強行スケジュールだったため、一気に絶望に突き落とされた心境だった。
無理な計画を立てた自分を悔い、夜遅くまで付き合う羽目になったことにうなだれ
申し訳ないけれども新人Mを少し恨んだ。余裕のなさが言葉にも出てしまい
「締め切りから逆算してスケジュールを立てないと」
「もっと早い段階で近くの先輩に助けを求めるべきだったのでは」と、つい責め立てて
しまった。とはいえ、早くやらねばならない事態に変わりはない。
Mの作業と並行して、私は書類のチェックを進め、何とかゴールにたどり着こうと最善を尽くした。だが、そうそう上手くはいかない。夜になれば集中力も低下し、Mのケアレス
ミスが増えて見事にペースダウン。
私は私で「早く帰りたい」という焦りも増し、いら立ちを隠すことすらできなかった。
そうこう言いながらも作業を続け、終わったのは夜の11時だった。
出発まで6時間。身支度したら、睡眠時間は殆どとれないなと、心の中で覚悟する
私の隣で、Mは申し訳なさそうに「ありがとうございました。すみませんでした」と
声を震わせていた。
それがMとの最初の思い出だろうか。
以降も何度か叱られる場面を目にした。言葉足らずで取引先を怒らせていたかと思えば
時間に追われるあまり、電話先の相手に失礼な対応をしてしまうことも多々。
とにかく心配の尽きない後輩というのが、社内での共通認識だった。
 
普通なら失敗を恐れて消極的になるか、ふて腐れても不思議ではない状況だろう。
けれどMの働きぶりからは、投げやりな気持ちなど微塵も感じることはなかった。
むしろ時が流れるにつれ、周囲を不安にさせるイメージが徐々に覆されていくのを感じた。
仕事の悩みは無いかと聞けば、よりよい商品を企画するために試行錯誤していると語り
自分に不足しているところを、ちゃんと理解していた。
手元の仕事がいっぱいでも、他から作業を頼まれたら、必ずYesと答えていた。
いつかの私のように、決して相手を責めることはなかった。
そのうえ終業時間が迫っていようとも、妥協することなんてなかった。
つまりは頑張ろうとするあまり、無理がたたって段取り不足が起きていたのだ。
 
言葉不足や配慮不足も、ただ目の前のことに一生懸命という視野の狭さから起きるもの
だった。おそらく取引先に対しても、自分の気持ちを的確に伝えられず、相手の理解を
得られなかったのだろう。うまく立ち回れないというのが、どうにもMらしい。
加えて「仕事に穴をあけたら、まわりに迷惑がかかる。体調が悪くて休むなんて考えたこともない」という責任感の持ち主でもあった。
真面目すぎる性格が、不器用さにつながっていたのだとはっきりわかった。
 
それを自覚しているのかいないのか、Mはいつだって愚直だった。
コツコツ努力してスピードアップをはかり、担当案件数は社内でもトップクラスを
維持できるようになっていった。
いつしか彼女にも後輩ができ、最初こそ指導に苦戦していたけれど、立派に独り立ちさせた。
今では依頼先から、頻繁にお礼の電話をいただくまでになった。
それでも彼女は調子に乗ることなんてなく、毎日の仕事と真摯に向き合うのみ。
作業が遅いスタッフがいようとも、とがめることはない。
表現下手なところは以前と変わらぬままだが、相手と思いを通わせようと努力を
惜しまない。とにかくMは粘り強いのだ。
 
つい先日、仕事で手一杯の社内にて、私が新しい案件の割り振りに思い悩んでいた時のこと。
手持ちの業務をいち早く終え「やります」と真っ先に手をあげてきたのは、Mだった。
堂々としていればいいのに、相変わらず自信なさそうな空気を出していたけれど、
その手にはしっかりと熱がこもっていた。
気づけば私がMに助けてもらう立場になり、無性に嬉しくなった。
とはいえ仕事に集中しているMは、こちらの心境の変化など知る由もないだろう。
オランダ旅行の思い出より、旅の前日の記憶の方が強く残っているという事実は
Mの成長記録として、そっと胸にしまっておきたい。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事