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地球の歩き方を手にインド一人旅で、人生の歩き方を知る。

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:安藤英裕(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「いや、まじで無理だって!」
 
30年前の夏、僕はインド・デリーで大声を上げていた。
大学2年で初めての海外旅行が、10日間のインドの旅。
英語はからきしダメなクセに一人旅、所持金は日本円にして1万円。
唯一の頼りとして「地球の歩き方」というガイドブックを手にした。
 
首都デリーに到着したその日、
笑顔で話しかけてきたのは左足を引きずる小柄な男性、自称イタリア人だった。
 
「ホテルを探しているなら、自分の宿泊先を紹介するよ」
 
そう言われ、ほいほいと着いていった。
すると、部屋は彼と同室! しかも、他は満室だと言う。
部屋には窓がなかった。あるのは、ダブルベッドが一つに天井のファン。
床はコンクリートで道端と変わらないくらい砂まみれだった。
貧乏旅行の自分には打ってつけだが、会ったばかりの外国人と、しかもベッド一つの部屋はあり得なかった。ただ、この時点でもう陽が沈みかけていて、全く知らない街であてもなく宿を探すのは危険だった。
 
「相手は自分より小柄、足も悪そうだ。いざとなればなんとかなる。寝なきゃいんだ」
 
そう自分を言い聞かたが、猛烈な暑さの中、観光で歩き回ったこともあり、
あっと言う間に睡魔に襲われてしまった……。
 
翌朝、目を覚ますと男性の姿はなかった。
フロントに聞くと、朝早くチェックアウトしたと言う。
特に何かされた様子はなく、ホッとして荷物をまとめていた。
 
だが、残念ながらやられていた。カメラを盗まれていた。
旅行のために新調したカメラをだった。
 
「本当に嫌になる!」
 
笑顔に誘われ付いていった自分が悪いのだが、旅の2日目でインドが大嫌いになった。
八つ当たりもいいところだが、何もかもに腹が立った。
街を歩くとニコニコと笑顔を浮かべ集まる少年たち。
僕が日本人だと知ると、すぐボールペンやらライターをねだり出す。
それにイライラ。
少年に囲まれた僕を助け出してくれた男性もいた。
彼は、僕が履いていた白いデッキシューズが汚れているからと、
靴を白粉のような粉でパタパタと白くしてくれた。
でも、別れ際に200ルピーと高額なお金を要求してきた。
(といっても当時日本円にして200円程度だが)
それにもイライラ。
他にも見知らぬ男性に公園で耳かきをされて同じように高額なお金を要求された。
 
なんなんだ、なんなんだ!
笑顔でよってきては、結局は何かしらの魂胆を持つなんて!
さらにインドが大嫌いになった。
 
それでもどうしてもいきたい場所があった。
タージ・マハル。
社会の教科書で見た墓廟。あれだけはどうしても見たかった。
デリーから列車に揺られ、タージ・マハルがあるアグラという街へ向かい、
駅からは「地球の歩き方」を頼りに目的の安宿を探しまわった。
ようやく宿へ着いた時には、夕方になっていた。
チェックインを済ませ部屋へ向かう途中、痩せた老人が中庭を掃いているのを見かけた。
民族衣装だろうか、スカートのような腰巻が印象的だった。
その老人は、僕を見かけると近付いてきた。眉間にしわを寄せて。怒っているのだろうか。そう思っていると、ゆっくりとした英語で話しかけてきた。
 
「笑顔で近付いてくる人、ダメ。危険。お前を叱る人、いい人。大丈夫」
 
英語を上手く聞き取れないはずなのに、老人の言うことはすんなりとそう聞こえた。
老人はそれだけ言うと、また掃き掃除を続けた。
 
翌朝、宿から歩いて念願のタージ・マハルへ向かった。
まさしくその敷地内へと足を踏み入れようとした瞬間、雷と共に雨が降り出した。
バケツをひっくり返したような大雨。雷もひどかった。
しばらく見かけた店の軒先で雨宿りをしていると、すぐそばのヤムナー川の水が溢れ、
道はくるぶしあたりまで水に浸かってしまった。
すると、同じように雨宿りをする2人連れの日本人の女子大生から声を掛けられた。
近くに日本人のやっている宝石店があるから、そこで雨宿りさせてもらおうと。
ただただびしょ濡れになるだけならと、誘われるまま付いていった。
その店は小ぢんまりとしていたが、ショーケースにはインドらしいアクセサリーがいくつも並び、清潔だった。その分、一人旅の貧乏学生には無縁の場所で、少し居心地が悪かった。アクセサリーを勧められないかとヒヤヒヤしていた。
店主は30代半ばくらいの男性だろうか。
サングラスをしてショーケースのものと同じアクセサリーをいくつも身に着けていた。
 
「大変だったねえ」
 
そう言いう紅茶を勧めてくれたが、特に商品を勧めることはしなかった。
ただ、ずっとニヤニヤ。
どこか思わせぶりな笑顔が、少し気味が悪かった。
誘ってくれた女子大生らは顔見知りなのか、店主と話し込んでいる。
旅はちょうど5日目。
インドにうんざりし日本が恋しくなっていた僕には、日本語が飛び交うのが心地よかった。小一時間ほどして、ようやく雨が上がり、道の水も引いた。
お礼を告げ、店を出ようとした時だった。店主があのニヤついた顔で声を掛けた。
 
「明日、またおいでよ。そしたらさ、面白いもの見せてあげるよ」
「なんですか、それ?」
「来たら教えてあげる。待っているよ」
 
そう言って、店の扉を閉めた。一緒に入った女子大生たちは、まだ店の中にいた。
 
「面白いものって何だろう? ハシシかな?」
 
インドへ行くと大学のサークル仲間に告げた時、ある先輩から聞いた大麻の名前だ。
インドでは大麻が手に入りやすく、それを目当てに行く旅行者もいると言っていた。
結局、それが大麻なのかどうかわからないまま、雨上がりのタージ・マハルを観光した。
 
翌朝、前日の大雨がウソのように晴れ上がった。
僕は記念にと、もう一度、タージ・マハルを歩いた。
でも、あの宝石店には足を向けなかった。
全く大麻に興味がなかったと言うこともある。
店主の言っていたものが大麻なのかどうかすら知る由もない。
でも、一番の理由は宿の老人の言葉だった。
 
「笑顔で近付いてくる人、ダメ。危険。お前を叱る人、いい人。大丈夫」
 
そう言えば、自称イタリア人も笑顔だった。
ライターやボールペンをねだる子供たちも笑顔で近寄ってきた。それに、あの店主も……。言われてみてば日本でも似たようなことを言われてた。「いい顔をする奴には裏がありそうだ」とか「きちんと叱ってくれる人こそ、自分のことを思ってくれる」とか。
でも、あまり身に染みていなかった。
だが、熱風が包み込む異国での体験から、あの言葉が深く身に染みた。
そう気付いてからのインドの旅は快適そのものだった。
笑顔で近づく人たちを適当にいなし、料理の屋台の仏頂面の店主には安心して近づく。
老人の言葉を教訓としてから、選択を間違えないという自信が旅を心地よくしてくれた。
 
そして30年経ち、今、僕にはこれから親元を巣立とうとする息子が2人いる。
気付けば彼らによく言っていた。
 
「笑顔で近付いてくる人には気を付けろよ。
逆にお前達を叱ってくれる人の言うことはよく聞いておけ」と。
 
あの時の老人の言葉が、いつしか僕の人生の歩き方の指針となっていた。
 
 
 
 
***

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2021-01-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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