新鮮な言葉を届けたくて
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山﨑陽子 (ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
「もう何回も同じこと聞いたし、何回も同じこと言ったわ」
私は父に冷たくぶつけた。
父は黙って母に受話器を渡す。
「なんでいつもけんかするん?」
と困った声で母が電話口に出る。そして私は電話を切る。
(今日でこれをやるの何回目よ?)
自分に聞くけど、もうわからないぐらい繰り返している。
夜も9時を過ぎれば一人で過ごす部屋は静かすぎる。
お隣の家族が楽しそうに話す声が聞こえるぐらい、ここの壁は薄い。
さっきまでの父との会話の一部始終もきっと聞かれているはずだ。
大きな声で怒鳴ったので頭の中がグツグツ煮えたぎるようだ。
「あー頭痛い……」
誰に言うでもなく、自分に確認している感じ。
その後で必ず思うのだ。
(今日もやってしまった)と。
父の土俵で勝負するからけんかになるのだ。今度は私の土俵に父を上げよう。
あるとき、そう思って私はコンビニで切手を二枚買ってきた。私は父に手紙を書くことにした。私の手紙を読んで言いたいことがあればこの切手を使って返事を書いてほしいと。私は便箋七枚に思いの丈を書いた。『書いた』というよりも『書きなぐった』と言った方が正しいような手紙だった。
いや、手紙というより、それは今から戦いを申し込む「決闘状」みたいな感じだった。
満足げに鼻息荒く書いたその手紙を折りたたんで封筒に入れて机に置いて寝た。
次の日の朝。その手紙はなんだか異様なオーラを醸し出していた。自分でも朝からそんな手紙を読み返す気分にもなれず、そのままの状態で仕事に行った。
仕事中も頭の隅にあの手紙のことがしこりとして残っている。私が私に問いかける。
(父はあの手紙を読んでどんな気持ちになるだろう? 嬉しいはずはない。そんな手紙送って私は満足なのか?それでいいのか?切手、貼ってないのだってどこかで引っ掛かっているのでしょ? ねぇ、私、どうなの?)
仕事が終わって私は自転車に飛び乗る。ペダルを踏む足に力がこもる。自転車置き場に自転車を置いて走って玄関のカギを開けて家に入る。
家に入って手を洗う時、鏡の中の自分と目が合った。
(わかっているよね?)と私が私にまた問いかける。
手を洗い終わった私はまっすぐ手紙のもとに行く。
朝と変わらず異様なオーラは全く消えてなかった。封筒に入っていた七枚の便箋を読まずに破いた。
「これはなかった事にして」と言わんばかりに読み返すことが出来ないぐらいに細かくビリビリに破いた。
心のどこかで「ごめんね」とも言った。
その日の夜。私は父と話したくなった。また喧嘩になるかもしれない。いや、今日の私は大丈夫だと思う……。自分に言い聞かせて電話した。
数回のコールの後、母が電話に出た。
「父さんいる?」
「あー、今日は疲れたって言ってもう寝たよ」
肩透かしを食らった。心のどこかで残念な気持ちもあったが、そのまま母と話した。
その時、母が言った言葉にドキッとした。
「父さん、あんたが結婚するときに書いてくれた手紙、今でも大事に持ってるんやで」
「え? そんな手紙、私書いたっけ?」
「覚えてないの? 父さんは大事にしまっとるよ」
電話を切って寝転がって天井を見上げる。「はぁ……」と大きなため息をついた。
読書灯の明かりが私の影を壁に映し出す。その影を見ながら考えた。
父が私からの手紙をそんなに大切にしてくれていたなんて知らなかった。そんな手紙を書いたことさえ覚えてない。これから結婚する私はその時、どんなことをどんな風に書いたのだろう。しばらく考えた。考えたけど、どうしても思い出せない。年を重ねた今の私には浮かんでこないような言葉を連ねたのだろう。
でも父がその手紙を今も変わらず大切に持っていたことは嬉しかった。
私は勢いよく起き上がる。一緒に影の私も起き上がる。昨日片づけた便箋をまた出してきて机の上に置く。一緒に書きやすいボールペンも。時間はもうすぐ明日になる。でも今書かないといけない気がした。読書灯は温かく手元を照らしてくれた。自分の気持ちを分かってほしいという気持ちは変わらなかったが、伝え方は変わった。とげとげした痛い文章が、丸く柔らかい文章になった。まるで決闘状が感謝状に変ったようだった。
この手紙を受け取った父はどんな気持ちになるかな?とやっぱり考えてしまう。でも私の気持ちは明らかにすっきりとした。封筒を糊付けして切手を貼った。
手紙を机の上に置く。読書灯がその手紙を照らした。手紙はキラキラしたオーラに包まれていた。何だかスポットライトを浴びたスターのようで笑えた。
ポストに手紙を出して私は自転車を急いで漕ぐ。職場までちょっと遠回りになるけど、言葉が新鮮なうちに父に届けたかった。若い時みたいに希望や未来を語るような言葉ではなく、現実的でちょっと生意気なことも書いてあると思うけど、今の私をそのままを受け取ってほしいと思った。
「返事なんかよう書かんわ」という父の声が聞こえた気がした。
「書かなくていいよ。読んでそのまま持っていて」
心の中で優しくつぶやいた。
目の前の信号が青に変わった。私の足は力強くペダルを踏み、颯爽と職場に向かった。
***
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