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メディアグランプリ

教える親切、教えない敬意


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事: 萩野 晴(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
月曜日の昼休み。
一週間で一番長い“週明けの午前中”を終え、トイレへ。
荷物の整理で真っ黒になった手を、洗面台に覆いかぶさるように念入りに洗って、上体を起こし、鏡の中を見た瞬間、思わず叫びそうになった。
 
首元に巻いたストールに何か付いている。
慌てて、目線を鏡の中から外へ戻す。ストールを手で探る。
……値札シールだ。白い紙のラベル。赤い枠の中に「¥500」と印字されている。
どこで付いたんだろう。
午前中、倉庫作業をしていた時かもしれないし、昨日出かけた時かもしれない。
外してバッグの中に突っ込んだ時かもしれないし、コートに付いていたのが移ったのかもしれない。
いつから付いていたのか分からないけれど、真正面の、かなり目立つ所にそれはいた。
 
ああ、やっちゃった。
朝ギリギリまで寝て慌てて出てくるから、こういう事が起こるのだ。
前回は確か、カーディガンのボタンを一つずつずらして掛けていた。
ボタンの掛け違いは、よーく見ないと分からなかったかもしれないけれど、今回は黒いストールの顎の下あたりに白い紙のラベルが居座っていたのだから、気づかないわけがない。……本人以外は。
 
どうしよう。私は今日の午前中だけで、少なくとも10人と対面で話している。
満面の笑顔で言ったギャグが滑ったり、頼りない新人を叱り飛ばしたりしている。
……500円の値札をつけて。
思い返すだけでおぞましい。
誰か言ってくれれば、その場でネタにして笑い飛ばせたのになぁ。
 
もしもあなたが、こんなおっちょこちょいさんを見かけたらどうするだろうか。
 
逆の立場だったら私は、教えてあげたくて居てもたってもいられない。見て見ぬふりをしようとしても多分、顔に出る。
往来でそんなシチュエーションに出くわして、声をかけられずやり過ごしてしまった時は、一日中ずっとモヤモヤしてしまう。
あの人が、もし、ほどけた靴紐を踏んで転倒したら?
セールの値札を付けたまま女子会に行ってしまったら?
ファスナー全開でパーティーに出席しちゃったら?
どこの誰かは知らないが、そんな一大事になっては寝覚めが悪い。
お節介には違いない。でも、今ならこの惨劇を回避できるかもしれない。
大切なのは、「被害を拡大させない」「そっと教える」。
 
「紐がほどけていますよ」
本人だけに分かるように小声で。大抵返ってくるのは驚きと動揺だ。
「スミマセン!!!」と盛大に謝られることもある。何故かこういう時、人はとっさに謝りがちだ。大丈夫、アナタは悪くない。
見知らぬ人に予期せぬことを告げられたのだから、動揺するのは当然だ。
下着が出ていたり裾がめくれていたりという、よりデリケートなケースでは、無言で逃げだしてしまう人や、逆ギレする人もいるだろう。だから、下手なことは言わない方が無難というのも一理ある。
 
ふと、昔、銀座のママから聞いた話を思い出した。
 
「お連れ様に女性のお客様がいらっしゃる時には、必ず女性を立てなければいけないの。おしぼりを渡すのも、お酒を作るのも、サービスは全て女性の方から。そして、決して否定するようなことを言ってはいけない。服を裏表に着ていたとしても、絶対に指摘しては駄目。同性に指摘されると、恥をかかされたと思って大きなわだかまりになる場合があるのよ」
 
そんな考え方もあるのかと唸った。“指摘しない”ことに最上級の気遣いとリスペクトが隠されていることもあるのだ。
 
教えること、黙っていること、どちらが相手のためになるか。
恐らく、正解はない。
もちろん、相手との関係性によってベストな対応ができれば申し分ない。
通りすがりの、見ず知らずの人が相手の場合は……直感的に正しいと思ったこと、すなわち「自分がされて嬉しいこと」を選択するしかない。
 
迷った時は、声をかける方を選択している。
微妙な反応が返ってきた時も、落ち込むことはない。
そのとき相手は切羽詰まっているからだ。
 
私も、自分が声をかけられる側になると、動揺してしどろもどろになってしまったり、お礼を言い忘れたりしてしまったことが何度もある。教えてくれたことに感謝しているのに失礼な態度を取ってしまっていないか反省したり、申し訳ない気持ちになったりする。
 
ある日、ランチから戻った先輩の肩に何かが付いていた。全長4センチくらい。よく見ると、ウネウネと動いている。
「あのッ……毛虫ッ!!! 毛虫!!! 肩!!!」私の方が狼狽して叫んでしまった。
「ああ」先輩は、全く動じずに、ふっと肩を見て一言。
「私の事が好きで付いてきちゃったみたい」
 
この余裕とユーモア、尊敬します。
 
 
 
 
***

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2021-01-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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