メディアグランプリ

箱根越えのような大学受験


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:亀村佳都 (ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「夏を制する者は受験を制する」
 
と、担任の先生が黒板の前で私たちに発破をかけた。その後、先生は、自分が三浪した経験を伝えて、「いいか。みんなは現役で合格するんだよ。夏休みにしっかり準備したら、秋に浪人生に追いつくからね。冬になったら、本人次第。現役も浪人も関係ないんだ」と締めくくった。
 
一九九四年の夏。バブルが弾け、根強い学歴信仰と学歴への疑いが入り混じっている時代に、私は大学受験を迎えた。
 
受験には、あまり良い縁がなかった。
 
幼稚園の時、私は「お受験」をした。都内にある国立小学校の抽選に当たったからだ。結果は不合格。その学校に行けなくて悔しいとは思わなかったが、親の表情を見て、どうやら親をがっかりさせてしまったことがわかった。普段、何か悪いことをすると叱られるのに、その時は叱られなかった。叱られないのに、胸が痛んだ。
 
次は、小学校六年の時。「中学受験で落ちても、公立中学校に行けば済む。高校受験で落ちたら、行き先に困る」と案じた親の判断だった。二年間塾に通って準備したけれど、第一志望の中学校は不合格。習いごとをやめて、勉強したのに、と気落ちした。
 
幸い、練習のために受けた学校には合格し、両親は「高校受験をしなくていいのだから、通いなさい」と言って入学を勧めた。
 
学校は、「みんな仲良く過ごそうね」というほのぼのした中高一貫校で楽しかった。
 
ところが、中学二年の春、学校が方針を変えた。「進学校になります」と宣言したのだ。スキー教室や修学旅行などの行事を削って授業時間を増やし、高校二年の夏までに高校3年間で学ぶべきことを終え、一年半かけて大学受験に備えることになった。保護者も「我が子がいい大学に行けるなら」と賛同した。
 
先生たちは、五年後に受験を迎える私たちに期待して、受験指導を始めた。私たちは親や学校に反発することなく、素直に勉強した。
 
ようやく、勝負の分かれ道となる高三の夏休みがやってきた。
 
私は、同級生六人で連絡網を作り、毎朝六時に電話をして「今日もがんばろうね」と声をかけあった。自分で決めた時間割に沿って家や図書館で勉強して、夏期講習に通った。勉強しか、しなかった。
 
秋になり、大学への合格切符をなるべく早く手に入れようと、推薦をもらった。ところが、推薦入試にも関わらず、私は落ちてしまった。担任の先生から不合格だと知らされた時、私は、自分の机に突っ伏して泣いた。勉強したのに。第一志望だったのに。またしても、願いは叶わなかった。受験なんて大嫌いだ! と、心底思った。
 
家に帰って、母に結果を伝えた。私が帰るのを見計らって、父が職場から電話をかけてきた。受話器を取って「ごめんなさい……」としゃくりあげた。「いいんだよ」と父は言った。結果を出せない自分が不甲斐なかった。学校にも、家族にも、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。母は、その日パートを休んで、落ち込む私のそばにいた。
 
落ちた悔しさをバネにするほどの強さを、私は持ち合わせていなかった。一方で、やる気はなくても、机に向かう癖だけはついていた。淡々と、受験科目の国語、英語、世界史を勉強して年を越した。
 
いよいよ二月になった。私は、滑り止めから本命まで、全部で十三回受験した。数の多さは自信の無さの現れだった。「第一志望は落ちる」と信じていたので、本命を三つに増やし、どれかに受かりますように、と祈っていた。
 
すると、受かったのだ。三つのうち一つに。それは、私が推薦で落ちた大学だった。終わってみれば、十一の大学に受かっていた。
 
私の高校では、合格したら大学名と名前を紙に記して玄関ホールの壁に貼る。その年、現役合格者も、難関大学への合格者も、昨年と比べてぐんと増えたことは、壁を見れば一目瞭然だった。
 
「がんばったねぇ」と先生が口々に労ってくれた。「先輩、おめでとうございます!」と、後輩たちに祝ってもらった。翌年受験する彼らに、「私たちもやればできるかもしれない」という希望のタスキを渡せた気がした。
 
大学受験はよく山登りに例えられる。目指す山が高ければ高いほど、登りきった時の達成感が大きいところが似ているかもしれない。
 
山は山でも箱根駅伝に近いと、私は思う。選手は「いつか箱根を走りたい」と何年もかけて努力する。走る区間は自分との戦いでありながら、沿道の声援を受けて、チーム一体となって優勝を目指す。受験も、「敵は自分だ。怠けるな」と鼓舞しながら勉強し、家族に応援してもらい、先生に教わり、同級生と切磋琢磨して合格を目指す。冬が本番なので、体調管理もとても大事な要素になる。
 
もし、学校の方針が変わらなかったら、私はのんびりとした高校生活を送っていただろう。受験勉強は辛かったけれど、苦しいことに挑戦するという経験になった。失敗しても、めげても、挫けずにいられた。失敗したから、心に辛さを抱えている人の気持ちも分かるようになった。
 
今年も受験シーズンがやってきた。
 
今年は、53万人が大学入学共通テストを受けたそうだ。
 
がんばれ、受験生。
 
明るい春を迎えられますように。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
 

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2021-01-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事