絶望から泳ぎ出せ!
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミ特講)
私は今、絶望している。
大学の体育館でただ1人絶望している。
大人しく体操座りしているが、とにかく逃げ出したくてたまらない。もう終わりだ。何故こんなことになってしまったのか。ようやく解放されたと思っていたのに。大学生になってまでヤツと付き合う羽目になるとは思わなかった。
「最悪……」
大学生になってまで体育の授業があるなんて思わなかった。残念ながら1年生の必修科目らしく、避けては通れない。幸い種目は選べると言うので、まだまともにこなせそうな競技の列に並んだのはいいが、希望者が多くてじゃんけんになった。そして、私は負けたのだ。あぁ、何故チョキを出したんだ! 10分前の私よ。パーさえ出していれば、今ここには並ばずに済んだのだ。この列に!
虚ろな目で見上げた先には「水泳」の2文字。
これは単位を落とすかもしれないと覚悟した。
私は子どもの頃から水泳が大嫌いだ。
プールで遊ぶのは好きだったけれど、「泳ぐ」となると話は別で、いくら足をバタつかせても前に進まず、息継ぎもろくにできない。プールは苦しいばっかりで、ちっとも楽しくなかった。幼稚園のアルバムにも、水泳教室を終えた私が、バスタオルをギュッと握りしめてカメラを睨みつけている写真が残っているくらいだ。当然、小学校では夏が来るたび憂鬱だった。あの25メートルプールで、横幅10メートルすら泳ぎきれず、真ん中で足をついて立った時に見える同級生の顔、顔、顔。恥ずかしさと悔しさで半泣きになりながら残りの5メートルを慌てて渡りきっていた。だから、高校生になり、水泳の授業から解放された時には狂喜乱舞したものだ。
なのに!
それなのに!
どうして私はここに並ばされているのだ。もう一生、泳ぐことなどないと思っていたのに絶望に打ちひしがれる。逃げたい。でも、逃げられない。とてつもない絶望感とともに、1週間後、体育の授業は行われた。
もちろん好きで「水泳」を選択した人の方が多いのだ。得意とまではいかなくても、25メートルくらいなら余裕でクロールできますよ、という子ばかりだった。20人くらいの学生の中で、私は即刻、先生に見つかった。
息も絶え絶えでプールサイドに着くと、やりがいある仕事を見つけたとばかりに先生が走ってくるのが見えた。この瞬間、私のテンションは地面をえぐりそうなほど下がっていたのだけれど、そんなことは御構い無しに先生の熱い指導は止まらない。
「手の回し方はこうだよ。もっと体の下の水を漕ぐようなイメージで! やってみて!」と、半ば押されるように泳ぎだす。
腕をまっすぐ回せばいいんじゃないのか……。
体の下を、漕ぐように……って言ってたっけ。
グイン!
え?
今、すごい進んだ! なにこれ!
体はスイスイと前へ進んでいく。今までの溺れかけの泳ぎが嘘のように前へ進む。信じられなかった。あんな簡単なアドバイス1つでこんなにも泳ぎが変わるのかと。まだ足は何度も付きながらだったけれど、今までよりも圧倒的に早く、そして、楽に1本を泳ぎ切った。言いようのないワクワクで身体中がいっぱいだった。
次は? 次はどこを直したらいい?
待ちきれない顔で見上げると、先生はニヤッとして
「次は、息継ぎだな。その、池の鯉みたいな必死な息継ぎをなんとかしないと」
と笑った。
一時は単位すら危ういと思った水泳の授業を、とうとう私は1度もサボることなく出席した。先生の指導は細かくて、息継ぎからバタ足の方法まで丁寧に教えてくれた。もっと早くにこうやって教えてもらっていたら、コンプレックスにならずに済んだのにと、義務教育での授業を恨んだが、この贅沢な指導もずばぬけて私が劣等生だったおかげかもしれない。
そして、最終日。
なんと私は、クロールで800メートル泳いだ。あの10メートルすら死に物狂いだった私がである。泳ぎ切った時は、私より先生の方が嬉しそうな顔をしていたかもしれない。「やればできる」をこれほど実感した日はなかった。
それから10年以上の月日が流れた。
この時の経験から「頑張ればなんでもできると思いました」なんて言えればカッコいいのかもしれない。でも、今も私はへなちょこで、苦手なことからはいつだって逃げ出したくなる。打たれ弱くて、涙もろい。どこまでも流されて行きたい……。
ただ、水面に大の字に浮かびながら、ふと思うのだ。
「私、追い詰められたらやれる子なのよね」と。
諦めるのが下手くそになってしまったらしい。あの絶望からの800メートルを思い出して、どうしても泳ぎたくなってしまうのだ。
無理だ、無理だと言いながら、ひとかき、ひとかき前へ進みたくなるのだ。
***
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