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私がポチョムキンだった頃


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:すみれ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「何か面白い本、ないかなあ」
 
今から10年ほど前、私が大学生だった頃のことだ。
私は今も昔も変わっていないが、同級生と話すのは苦手、というか嫌いで、そんな時間があるのなら本が読みたい、という人間だ。女性同士のくだらないおしゃべりなんてまっぴらごめんだ。本の中の人と、静かに対話したいのだ。
 
大学の大きな図書館の自習室には文庫本がどっさり並ぶスペースがあって、それは自習室を使う人を誘惑しているみたいな場所だった。その本棚からは、「考査が近いからといって机に向かってペンを走らせている場合ではない、俺らを読むのだ、おもしろいぞ」という悪いささやきが聞こえた。
大学の図書館だから、学術書がたくさん置いてあるのだが、そのエリアだけはエッセイも現代小説も置いてあった。その中でも、とある本のタイトルに私は引き寄せられた
 
「かっこいいタイトルだ、この本借りてみよう」
 
私は誰もが知っている有名な本は読まない、という変なポリシーを貫いていた。この著者の名前は初めて見たから手に取ったのだ。思い起こせば彼女の著作はいろんな賞をとっていて有名な人だったのに。私は無知だ。
 
そしてよくあるように本当は試験対策をしに自習室に行ったのに、私はその本を読みふけることになってしまった。本を読み始めて、これはクスクス笑いながら読みたい本だ、と気づき、自習室で考査の対策をすることなんて忘れてとっとと家に戻ることにした。
 
本の扉のところに作者の顔写真が載っていて、私ととても似ている感じがしたところにも胸が躍った。
 
主人公は私とほとんど同じスペックの人だった。違うところといえば、私は理系だけれども主人公は文系だという所くらいだ。彼氏もいないし、性格もあんまりパッとしてないところも全く同じだった。
いやこの言い方は適切ではない。私は主人公のホリガイよりももっと陰鬱な性格だし、ホリガイみたいに友達もいなかった。今もそうだ。
 
友達のいない私は本の中に友達を求めていたみたいだ。本を読み進めるうちに私は主人公と同化してしまって、ほんの数十分で私はその本を読み終えてしまった。
 
私はこの本を読みながら泣いて笑った。嬉しいような悲しいような涙だった。一番私の心に刺さったのは主人公のこんな心の声だ。
 
「私は二十二歳の未だ処女だ。しかし処女という言葉にはもう罵倒としての機能しかないような気もするので、よろしければ童貞の女ということにしておいてほしい。やる気と根気と心意気と色気にかける童貞の女という事ことに。誰でもいいから何か別の言葉を発見して流行らせて、辞書に乗るまで半永久的に定着させてほしいと思う。『不良在庫』とか、『列島品種』とか、『ヒャダルコ』とか、『ポチョムキン』とか、そういうのでもいい。何か名乗りやすいやつを。(津村記久子著 君は永遠にそいつらより若い より引用)」
 
私が生きる現実世界ではこのことについてこんなふうに言ってくれる人は一人もいないし、そもそも言語化するのもはばかられる。私はこの本を読んで救われた。
 
良い年齢になったのに、私にはパートナーというものはいなくて、街を出歩くとき、周りを見渡して肩身の狭い思いになった。妹には彼氏がいるのに、私にはそんな存在はなかったし、妹みたいにおしゃべりできる友達だっていなかった。
 
サークル活動の時だって、大学で講義を受ける時だって、周りにはパートナーがいる幸せそうな女の人で世の中が溢れていて、私とは違う世界の住人ばっかりだった。
 
そんな私がこの本を読んで救われたのだ。私はこう思った。
「私はみっともない存在じゃなくて、そうか、ただのポチョムキンなのだ」
苦しくなった時に思うことにした。
 
毎晩、自分の状況を考えて毎日悲しくなっていたのだが、そんな言葉に置き換えるだけで私は布団の中、一人でニマニマすることができた。
 
たったこれだけだけれども、毎日の生活がとても明るく見えた。私には大学で学問することができて、好きなだけ本を読むことができて、好きなだけ美味しいご飯を食べられて、なんで幸せなのだろうと思えることができた。
 
数ヶ月経って、毎日自分がポチョムキンだと思わないくらいに自分を受け止められるようになったころ、私にもパートナーができた。毎日の生活がもっと明るくなった。
友達のいない私にも、おしゃべりをする相手ができたのだ。
 
この本を読めば、あの憂鬱だった自分にいつでも戻ることができる。そしてあの陰鬱だった自分を階段の上に引き上げてくれた大切な本なのだ。
 
結局、妹は私よりも早く結婚して親を喜ばせた。当然と言おうか、私らしい結果と言おうか。27才になった私も、あのポチョムキンだった頃とそんなに変わらないのかもしれないが、今では私には津村さんの本という強力な味方がいる。津村さんの本は、こころがつぶれそうな現代の働く女性や、厳しい毎日を生き抜く女性へのやわらかいメッセージで溢れている。登場人物の心の声や、くすりと笑いたくなる描写が、私たちを癒してくれる。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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