コロナ禍で私は「常連さん」になれるのか?
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記事:小北采佳(ライティング・ゼミ日曜コース)
「いつものお願いね!」
毎週木曜日に店に来るそのおじさんは、席に座ると私にそう言った。
おじさんは必ず一杯目は生ビールと決まっていたので、私はいつもビールを持って行ったものだ。
私は大学時代の数年間、仙台の繁華街にあるお寿司屋さんにアルバイトとしてお世話になった。
お寿司屋さんと言っても、回らないお寿司屋さんである。
カウンター6席に座敷が20席ほどのこぢんまりしたお店だが、仙台では老舗の寿司屋としてよくグルメ雑誌で紹介されており、地元での知名度はそれなりに高かったように思う。
なにしろ回らないお寿司屋さんなので、回転寿司と違って値段はかなりお高め。例えばウニ1貫頼むと、それだけで900円もする。地元宮城県の海沿いでとれる新鮮な魚介類を扱っているのでそのくらいの値段になっているのだ。また、お店には主に東北の地酒もたくさん置いていた。そのためお客さんはお酒好きな人が多く、板前さんおすすめのお酒目当てに来ている人も結構いた。
そのため、比較的安い値段で食べられるランチは若者や観光客が多く、夜の時間帯は常連のおじさんおばさん方がよく訪れる、といった客層であった。
学生だった私は、夜な夜な店に現れるこの「常連さんたち」に密かな憧れを抱いていた。
彼らは仕事帰りにふらっとこの店に立ち寄って、板前さんや他の常連さんたちとわいわい盛り上がっていることが多く、その光景がとても楽しそうだったためだ。特に板前さんが新作のお酒を仕入れてきた日には、「利き酒大会」と称して、常連のお客さん相手に日本酒の飲み比べをしたりして、とても活気があった。
寿司屋に集う常連さんたちは経歴や職業はバラバラだったが、この寿司屋を通じてつながっている、といった雰囲気があった。ここに来ればおいしい料理やお酒を堪能できるだけではなく、他の常連さんたちと好きなお酒について語ったり、他愛ない話で笑ったりすることができる。
彼らにとってこの寿司屋は家庭や職場以外で息抜きができる自分の居場所の一つなのだろうなと感じた。
おいしいものを通じて人間関係を広げていけるとはなんと素敵なことだろう。さらに、キラキラした繁華街のど真ん中に自分のお気に入りの居場所を持てるということはなんとおしゃれなことだろう。
常連さんたちを日々見ている中で私はそんな憧れを持つようになり、いつしか「自分の行きつけの店を作り、そこで常連メンバーの一員になること」が、社会人になってからやってみたいことの1つになった。
しかし。私が社会人になって3年目に差し掛かったころ。
そろそろ仕事にも慣れてきて、いざ「行きつけの店探しの旅」をはじめようとした矢先に大きな障壁ができてしまった。
コロナ禍である。
飲食店は時短勤務を要請され、客側もできるだけ短時間・少人数での会食が推奨されるようになった。そのため、外食に行き、ゆっくりおしゃべりをする……なんてことすらかなりやりづらくなってしまった。近頃はもっぱら、Uber Eatsなどオンライン注文で料理をテイクアウトする日々だ。
テイクアウトが多くなって感じているのは、「行きつけの店」はできても、「常連」としてそのお店の人々と交流するのが難しいということだ。
コロナ禍が長期化するに伴いUber Eatsの利用回数が増えてくると、自然とUber Eats上でお気に入りの店ができくる。私の場合は、とある個人経営のイタリアンのお店を何度もリピートしている。たまたま頼んだラザニアがとてもおいしかったためだ。
このイタリアンのお店は、一応オンライン上での「行きつけの店」である。しかし、私が学生時代に憧れたような「常連さん」になれているのか、というとそうではない。私は常連になることでそのお店のスタッフや、他のお客さんと交流できることを期待していたのだが、Uber Eatsで特定のお店をいくらリピートしても、そんな交流は生まれないからだ。
実際、テイクアウト利用でそのお店を取り巻く人々と交流するのは、歴史上の登場人物と交流するくらい難しいと思っている。なぜなら同じ空間と時間を共有していないためだ。
もし私が直接お店に足を運んで食事をしていたら、そこにいる店員さんやお客さんとは、お店という空間で食事の時間を共有できる。そこでちょっとした会話をして顔を覚えてもらうことができたかもしれない。
コロナ禍では、かつては飲食店で空間と時間を共有することによって生まれていた交流や人間関係を持ちづらくなっている。結果として、私は「常連」というよりただの「匿名のリピーター」にとどまってしまっているのだ。
コロナ禍で「匿名のリピーター」を脱し「常連」になるのは難しいと思うので、今のうちに気になるお店を見つけておいて、コロナが収束したら実際のお店に行ってみるのがいいかもしれない。オンライン注文やテイクアウトでは、今まで素通りしていたお店の料理を知ることができたり、いつもはめったに行かないお店の料理を気軽に試したりできるメリットがあるからだ。
私は、コロナが明けたらいつもラザニアを頼んでいるイタリアンのお店に行ってみようと決めている。
そして、その時こそ私がなりたかった「常連さん」として、「いつものお願いね!」が通じるような関係を作ってみたいのだ。
***
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